第十四話 『九字の法』
久遠静音の“復元”は、自身の認識の下に基準を作成し、その基準をベースとして発揮される。
だから静音が認識できていない、たとえば壊れる前の状態を知らない物を“復元”することは出来ない。
そこまでは静音が自力で辿り着いた条件。そして、同時に静音は一つの疑問を抱え続けていた。
これまで試したこともないが、なんとなくの解は得ている疑問。
一つの巨大な石柱があったとしよう。今現在は根元から粉々に散らばってしまっているが、それが元々は空高くそびえる大きく太い石の柱だったことを静音は知っている。だから“復元”を使って、根元に残された残骸から石柱を元通りにした、とする。
石柱は何も無かった空間に、一瞬で元の姿を取り戻す。
もしもだ。
もしも、この本来石柱が建っていた空間をたまたま飛んでいた小鳥が通過したとして、そのタイミングで“復元”が行使された場合、元通りになった石柱の空間内にいた小鳥は、一体どうなる?
“復元”によって戻った石柱の質量に押される形で跳ね飛ばされるか、あるいは…。
この解次第で、数秒後の静音の生死が分かたれようとしていた。
「やっ!」
一般女子高生の平均的な筋力しか持たない静音が、両手に握る錆だらけの細い鉄材を思い切り振り被ったところで、速度も威力もたかが知れている。
「はあ」
茨木童子が呆れたように肩を竦める。
ボッ!という音がして、鉄材が握っていた部分の少し上から消え失せていた。
殴ったのか蹴ったのか、それすらわからぬままに手持ちの武器がたった十五センチ程度の鉄クズへと成り果てる。
「っ…」
「あまりはしゃがないでください。人間は手足が一本無くなるだけで簡単に死んでしまうんですから、手土産にする以上荒い扱いはしたくない」
相手は自分を生かしたまま連れて行くつもりだ。だから殺されないのはわかっている。わかっていても、やはり常識外の力を持つ化物の存在は非情に驚異的で、恐ろしい。
けれどチャンスは巡ってきた。静音は十五センチに縮んだ細い鉄材を片手に握り直し茨木童子の胸へ突き出す。
鬼の化物は、もうそれを止めようともしなかった。先端が尖っていようが、そんな鉄クズ程度では鬼の表皮に引っ掻き傷を生むことすら不可能なのだから。
様々な要素があった。人間であること、女であること、非力であること、脆弱であること。油断という名の余裕を溢れさせるには有り余るほどの要素があると、茨木童子は人間の女を見下ろしながら感じていた。
だから、その余裕が最大の危機に繋がるなどと、微塵も思っていなかったのだ。
軽く胸を押されるような感覚に、不思議そうに茨木童子は視線を下げた。
「…………な、ァあああ!?」
その胸部に細い鉄材が突き刺さり、あろうことか貫通し背中から鋭利な先端が突き出ていた。
馬鹿な、ありえない。何が起きた?
傷つくはずがない鬼の肉体を易々と貫いた鉄材とそれを成した人間の女。茨木童子は軽いパニックに陥っていた。
(…やっぱり、“復元”された物体の質量が戻る時、戻された物体は本来その空間上にあった物体よりも優先順位が上になる、ということ…!?)
結果を前にして、能力の性質を理解した静音は命懸けの賭けに勝ったことを確信する。
先程の『たとえ話』を持ち出せば、結果として小鳥は“復元”された石柱の中に閉じ込められてしまうのだろう。
“復元”された物体・物質は、おそらく他に割り込んできた物体よりも優先される性質があるのだ。だから、もし“復元”された質量が出現する座標に違う何かがあった場合、それは“復元”物質に優先されて消え失せるか、その内側に取り込まれる。
この法則性によって、“復元”された鉄材は十五センチから本来の長さにまで戻され、その途中にあった大鬼の体を強引に割り裂いて能力を成し遂げた。
ただの鉄材が、鋼以上の硬度を持つ鬼の体を貫く。あれだけ守羽が全力で叩き込んだ攻撃を意にも介さなかった、あの大鬼の肉体を。
“復元”の異能は、本来の使い方よりもその応用法にこそ最大の脅威を秘めていた。
誰しもが予想し得なかったジョーカー。この想定外の切り札をもってして、
「がふぁっ!“九字の法!我が怨敵は眼の『前』に『在』りて!”―――おおォオおおあああああああああああああ!!!」
「ぐぅっ……!?」
瓦礫を巻き上げながら、神門守羽が光り輝く右手を振りかざしながら突撃する。口元を血で真っ赤に汚しながら、静音が生んだ唯一最大の勝機を掴み取る為に。
人間による大鬼殺し、未だかつてない『|大番狂わせ《ジャイアントキリング》』が今、成されようとしていた。