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ベリアル 第五戦 その②

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 アリスがそう思った次の瞬間
 五階が吹き飛んだ。 窓という窓が割れる、真っ赤な炎と黒い煙が同時に噴き出る。 アリスがいる側の壁に大きな亀裂が走ったかと思うと、壁が爆発の勢いで吹き飛び、アリスに向かって破片が降ってくる。
 しかしそれはシールドに阻まれてアリスには当たらない。 勢いが死んでそのまま地面に落ちていく。 そして、地面に当たるとガコンといういい感じの音がする。 だがその音は他の破片が落ちる音にまぎれてあまり目立たない。 それにアリスはそんな音など一切気にしていない。
 何も聞こえてこない。 というか耳を貸していない、何かを聞く余裕もない。



 アリスは真顔だった。



 今まで以上に冷たい顔をしていた。 深淵のように真っ黒の瞳は病院を映していなかった。 指一本ピクリとも動かさず、じっと病院の方ばかりを見ている。 元から表情など殆ど無い顔が、さらに冷たいものになっていく。
 それはまるで
 死体のようで



 吹き飛んだ壁から一緒に誰かの死体も飛んでくる。 それは地面に叩きつけられる。 ぐちゃりという音がする、たたきつけられた勢いで死体が潰れ、典型的な飛び降り死体のようなことになる。
 脳天がかち割れて、脳みそが辺りにぶちまけられる。 死体は腰から下がなくなっていたおかげで内臓も綺麗に地面にまき散らされる。 それはまるで真っ赤な彼岸花のようだった。
 アリスはゆっくりと顔を下げるとその死体を眺めてみる。
 その死体は患者であったがマリアではなかった。



 でも、アリスの目にはマリアに見えた。



 おそらく、マリアは死んだだろう。 この惨状を見る限り、生き残っている確率はほぼゼロである。



 アリスは無言だった。
 いつも以上に何も無かった。
 敵少女は残った三本の槍のうち、二本を手に取るといつでも投げつけられるようにする。 アリスにしっかりと照準を合わせる。 顔を下げている今、敵からすると攻撃する絶好のチャンスだった。
 この隙を逃す手はあるまい。
 敵は両腕を大きく振りかぶり、二本の槍を同時に投げつけようとする。







 その時
 アリスはぎこちなく首を回すと、ゆっくりと敵少女の方を向く。 



 「―――――ッ!!!!」
 「…………」
 敵少女はそのアリスの顔を見てゾッとした。



 その顔はもはや人間の物に思えなかった。 ただ無表情で顔を向けているだけなのだが、敵少女の目にはそう映らなかった。 その目に映ったのはぽっかりと黒い穴が空いた顔だった。 目、鼻、口、全てを飲み込む穴がアリスの顔に空いていた。 そのせいでどんな顔をしているのか、何もわからなかった。
 底知れぬ闇がそこにはあった。
 それはまるで背筋を冷たい手でそっと撫でられるような。 触れているのかいないのか分からない何かが、自分の後ろで立っている。 それは自分にしかわからない。 そのせいか、恐怖感は通常の何倍もの大きさで全身を包み込んでいった。

 アリスは絶望していた。 唯一の希望であるマリアは死んだ。 それはもともと絶望を受け入れているアリスでさえ、耐え難い絶望だった。
 ところが、それと同じぐらい強く、強烈な感情がアリスの心の奥底から湧き上がって来た。 その感情はアリスがここ数年感じた覚えのないもので、いったいどうやって表現すればいいのか全くわからない。



 だが数秒後
 アリスは本能のまま、その感情をあらわにした。 その真っ黒な穴の裏で顔を大きくゆがめると今までにないぐらい凄惨な、しかし見ている人間が悲しくなるような笑みを浮かべる。
 すると笑い出した。




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 「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」



 アリスは笑った。 ひたすら笑った。 今まで笑わなかった分を取り戻すかのように笑った。 笑いながら、自身の魔力を一気に開放すると空中に剣を顕現する。 ただの剣ではない、規格外の大きさを誇る文字通りの大剣だった。
 敵少女はそれに気づき顔を上げるも、あまり驚かない。 それより疑問が先走った。
 どう考えてもその剣は自分の方向を向いていない。 どこか別の場所を向いている。


 アリスは敵少女に当てるつもりなど毛頭なかった。 そのまま剣を適当に操作すると、どこか離れた地面に突き立てる。
 それと同時にその巨大な剣が大爆発を起こした。


 「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」
 「なにぃ!?」







 町の一角をも消し飛ばす爆発が起こした爆煙を背に受けながら、アリスは笑った。
 何のために笑っているのか、それは本人すら分からない。 ただ笑った。 このままでは死ぬまで笑い続けるのだろうか、何が愉快なのかさっぱり分からないがもはやアリスには自分の笑い声を止めることはできなかった。
 ただ、たった一つだけわかることがあった。


 アリスは喜んでいた。 歓喜に満ち溢れていた。










 その日アリスは絶望と歓喜を知った。









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