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ベリアル 研究所 その③

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 だから何と言いたいのを必死でこらえてアリスは右腕を上げると達也の方に向ける。 それを見て困った顔をする達也。 こっそりと小岩井所長の方を向くと判断を仰ぐ。 所長はそれを受けて頷いた。
 なので、達也はアリスの手を取ると、一瞬だけ握手を交わす。 長く握手を交わすことなくお互いすぐに手を放す。
 次の瞬間、達也は突拍子もない声を上げてクライシスの方を指さすと言った。
 「こけしが浮いてる!!」
 「失礼な」
 「達也君、お願いがあるのだけど」
 「は、はい?」
 「この子たちについて詳しく話したいことがあるから、第三会議室が開いているかどうか見てくれない? あなたにもそこで詳しく話すわ」
 「は、はい。 分かりました」


 そう言って達也は腕の機器を操作し、空中に投影された映像を見ると、色々と調べ始める。 その間、小岩井所長とクライシスは話で盛り上がっている。 いったい何を話しているのだろうか、永久機関の話など聞いていても理解できない。
 数秒も経たないうちに達也は調べごとが終わると、顔を上げ、言った。
 「所長」
 「うん、どうした?」
 「開いていますよ、というか十日ぐらい使用予定はありませんよ」
 「よし、そこに移動しよう。 アリスさん、ついて来てください」
 「…………」
 本当に帰りたい。




 会議室は広かった。
 所長は用意されていた教壇のようなものの近くに立つと、アリスと達也を席に座るように促す。 アリスは部屋の隅っこの席に座り込む。 達也はどういうわけかわざわざ隣に座って来た。
 そして横目でアリスの方を見てくる。 どうやら話しかけるかどうか迷っているらしい。 正直鬱陶しかった。
 「あのー」
 「…………」
 「えーと……」
 「…………」
 「アリスさん……?」
 「うるさい」
 「……ごめんなさい」


 達也は意思疎通を諦めた。
 小岩井所長とクライシスは二人の方を見て、「少し遠いなー」という顔をしたものの、すぐに気を取り直すと話す準備を始めた。 教室なら黒板があるはずの場所に映像を投影する。
 そこにはさっき見たクライシスのパーツやら何やらが大量に映し出されていた。


 小岩井所長は準備が終わったことを確認すると小さく頷き、話を始めた。
 「まずはアリスさん、どうしてあなたのことが分かったのかお教えします」
 「……手早くお願いします」
 「ええとですね、クライシスの反応があなたのいるあたりで確認されたので、追跡をしてみたら、あなたにたどり着いたのです」
 「…………」
 「あのー、アリスさん」
 「…………」
 「一ついいかしら」
 「……何?」
 「さん付けとか敬語とかやめていいかしら、話しにくくてしようがないの」
 「……構わない……」
 「ありがとうね、アリス」


 うざい
 うざすぎた。


 が、もう気にしないことにした。 ちなみに隣にいる達也はアリスから発せられる強烈な殺気に覚えているのか、顔面蒼白でこちらのことをチラチラ見てくる。 いっそのこと本当に殺してやろうか。
 そう思ったがやめた。
 ここまで来て、アリスは所長のことがだんだんとわかって来た。
 小岩井所長はおそらく良い意味での自己中だ。 たぶん、この世のほとんどが自分の思うようにできると思っているタイプの人間なのだろう。 この成功に満ち溢れた顔がそれを示している。
 なれなれしい近所のおばさんという表現がぴったりだった。
 悪い人ではないが、アリスの苦手なタイプだ。 たぶん、よい人でアリスと気の合う人間なんかこの世に存在しないだろう。
 ちなみにまだ達也はどんな人なのかさっぱりだった。






 アリスがぼんやりとそんなことを考えていると、小岩井所長の声のトーンが変わった。 どうやら何か真剣な話をするつもりらしい。 なんとなく聞いておかないといけないような気がしたので、アリスは耳を傾ける。
 「それでね、アリス、私たちはクラアイシスのコアとのコンタクトである情報を手に入れることができたの、それは単純な言葉で、意味も簡単に分かるものだった」
 「…………」
 「いわく「人類は滅亡した」」
 「……は?」


 あまりにも突拍子もない言葉が小岩井所長の口から飛び出す。 アリスはうっかり声が漏れてしまったが、他の人たちは顔色一つ変えず話を聞いている。 このことを知らなかったのはアリスだけだったらしい。
 まぁ、それもそうである。 達也がコアとのコンタクトに成功したと言っていたし、所長がそのことを知らないはずもない。 クライシスは論外だ。
 アリスは「人類は滅亡した」という言葉についてじっくり考えつつも、小岩井所長の話に耳を傾ける。
 「それとともに、世界を救うための誰かを利用して戦闘を行っていることも発覚したの。 それも初めての戦闘の際、そこから強くクライシスの反応が出たこと、コアが強く共鳴していたことから推察できた」
 「…………」
 「そしてこのA文書は、まだ二五%しか解読できていないけど、そこにはクライシスの敵、「スパラグモス」について書かれているようだった」
 「…………」



 アリスはふと疑問に思った。 オモパギアについては書かれていなかったのだろうか。 一瞬、そう尋ねようかと思ったがやめた。 まだ、彼女たちがどこまでの事実を知っているのか測りかねていたからだ。
 「私たちは、あなたが戦っていること相手がスパラグモスではないかと推測した。 そして、どうして戦うのか、私は一つの仮説をたてました」
 「…………」
 「クライシスは未来からやって来たのではないか、スパラグモスによって人類が絶滅する未来を回避するために、クライシスは現在にやってきて、あなたと契約したのではないか、と」
 「…………」
 「どう思う、アリス」
 「…………」


 無言のまま答えないアリス
 しかし、心の中では一つの結論が出ていた。
 小岩井所長の言っていることは百%間違っている。
 まず、クライシスが人類を救うために自分と契約したとは到底思えなかった。 また未来から来たというのもおかしい。 なぜなら、スパラグモスが人類に干渉していないからである。
 月の裏側に存在しているのだ。 ここ数日でポッと出てきたわけがない。 つまり、どれだけの期間かはわからないがスパラグモスが誕生して今まで少しの期間が開いていることになる。


 だとしたらどうしてスパラグモスはその間に人類を滅ぼさなかったのだろうか
 アリスは自分の仮説にも足りない部分が多々あることは理解している。 それでも、小岩井所長の仮説が成り立たないことは分かる。
 それに、クライシスの目的は人類の救済ではない。 スパラグモスとオモパギアの殲滅だ。 間違ってもこいつは世界を救おうなど考えていない。 どういうわけか、アリスにはそれが断言できた。


 何となくこれ以上ここにいるのが馬鹿らしくなってきた
 アリスは席を立つと言った。
 「……帰る」
 「え?」
 「…………」
 背中を向けるとまっすぐ第三会議室の出口へと向かって行く。
 なんだかここにいるのが馬鹿らしくなってきたのだ。 この人たちは全てを知っているようで何も知らないのだ。 だとしたら、ここでこの人たちの話を聞く価値がどれだけあるのだろうか。
 たぶん、ほとんど無い。
 今は次の魔法少女を殺すことにだけに専念したい。



57, 56

  




 着々と帰ろうとするアリスを見て、小岩井所長は慌てながら声をかける。
 「アリスさん!! あなたに一つ言いたいことがあります」
 「……何?」
 「明日……は無理だから、明後日からあなたに監視をつけさせてもらうわ」
 「……監視?」
 「えぇ、あなたが死ぬとクライシスも死ぬ。 それに、あなたは戦闘を行ったときに人を殺しすぎている。 これは国からの要請で、今日はそのことを話すためにも連れてきたの。 上にはあなたのことを危険視する人も多いの。 分かってくれる?」
 「…………好きにすれば」


 アリスはそう言い放つと出ていった。 いつの間にかクライシスはアリスの顔の横でふわふわと浮いていた。 背中の向こうで「達也君、出口まで案内してあげて」と聞こえてくるが気のせいだろう。
 と、トタトタという足音、それに「ちょっと待って!!」という声が聞こえてくる。
 無視して歩き続けるアリス
 数秒の間、足音が聞こえ続ける。 
 「ま、待ってって……」
 「…………何?」


 なんか哀れに思ったので、わざわざ立ち止まってあげるアリス。 すると、隣に達也がやってくる。 ゼーハーと息を整えながら、こちらの方をチラチラと見てくる。 やっぱり無視すればよかったと、少し後悔してしまう。
 達也は息を整え終わると、こちらを見て言う。
 「出口まで案内するから……ついて来て」
 「……いらない」
 「そういわないでよー、僕も君に聞きたいことがあるんだ。 えーと、アリス……でいいかな」
 「好きにしたら?」
 「じゃあ一ついい?」
 「…………」
 「君……戦闘の際に人を殺してるよね」
 「…………」
 「……どんな気分だった?」


 こいつは一体何を言いたいのだろうか
 アリスは一瞬悩んでしまう。 人を殺していることは事実である。 もちろん自分は人を殺している。 何人殺したかなんて覚えていない、というか覚えていられえるほど少ない人数を殺していない。
 怪訝な目を達也に向ける。
 すると、補足をするように達也は口を開いた。
 「あのさ、俺、死体から何か情報を得られないかという実験をしたんだ。 で、その時思ったんだ。 この人を殺した人は一体何を思ったのだろうって」
 「……へー」
 「だからさ、教えてくれないか」
 「…………」


 果たして答える義理があるのだろうか
 まぁ、あるはずもない。
 しかし答えてあげることにした。 これは、慈悲などではない、この勘違い野郎に現実を叩き込んでやるためである。
 アリスがどうして達也を勘違い野郎と判断したかというと、その顔だった。 普通に人よさげな顔を何か苦しいものを堪えるように歪めている。 何となく顔だけで何を考えているのかわかるようになってきた。


 たぶんこいつはアリスが苦悩していると思っているのだろう。
殺したくもない相手を殺して、過酷な戦闘で身も心も削っているのだと
 だんだんとわかって来た。 この男、達也は普通にいい人なのだろう。 おまけにびっくりするぐらいなれなれしい
 確かに普通の人から見たら自分は人を殺してしまった少女で、たぶんこちらに同情している。 その姿は馬鹿みたいに見えたので、アリスは自分の考えを教えてやることにした。




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