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ベリアル 出会い その③

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 そこは屋上だった。
 何の変哲もない屋上だった。 相変わらずオレンジ色の日が差してきていて、風が頬を撫でていく。 時間はそれほど経っていないらしい、色々なことがあったせいでどっと疲れてきた。
 一瞬、ほんの一瞬だけ、さっきまでのことは全て夢だったんじゃないかと思う。 しかし、その幻想は軽く打ち砕かれることとなった。
 背中から声をかけられたからだ。
 「気分はどうだい?」
 「…………」


 アリスは無言のまま振り返る。
 するとそこにはクライシスがいた。 全く気配がしないところが余計に不気味に感じる。 アリスは顔を少ししかめると、答えを返す。
 「……気分がよさそうに見える?」
 「おかしいな、君の生命エネルギーを活性化させて、体の不調をある程度治してみたんだけど」
 「……確かに」
 気分の悪さなどがかなり改善されている気がする。 右足の痛みもすっかり引いている。 もし、近くの鏡などがあれば血行が良くなっていることも分かるだろうが、残念ながら鏡はなかった。
 しかしアリスは大してクライシスに感謝することもなく、無表情のまま踵を返すと、校舎の方へ戻っていく。
 その後をクライシスは急いで追って行く。
 「どうしたんだい? なんか不愉快だった?」
 「帰る」
 「そうか、なら気を付けなくっちゃ」
 「なんで?」


 振り返ることも足を止めることも一切なしに、すたすたと下駄箱へ向かって行く。 時間も遅いので誰ともすれ違わない。 それはアリスにとってありがたいことだった。
 その間、クライシスは話を続ける。
 「いいかい、さっきボクは時間がないと言っただろう」
 「……そういえば、そうね」
 「それはね、この町の近くに最初のスパラグモスと、その契約者の反応を確認したんだ」
 「へー」
 「つまり、この近くに敵の魔法少女がいるはずなんだ」
 「でも、それに気が付いたということは、あなたは魔法少女の反応が確認できるんでしょう。 問題ないと思うけど」
 「違うんだよ。 契約のときに発する魔力を検知しただけさ。 それ以外のときは魔法を顕現しない限りこちらから感知することはできない。 例外があるとしたら半径四~五km以内に敵がいる場合かな」
 「……使えない」
 「そういわないでくれ、ボクの力は全盛期の物と比べて九九%も落ちてるんだ。 生命エネルギーを回復させるだけ、ありがたいと思ってくれ」


 アリスは大切なところだけ頭に残しつつ、上履きと同じようにボロボロの靴を履き、ゆっくりとアパートまでの道を歩いていく。 中学校からアパートまでは徒歩十八分、近いのか遠いのかよく分からない距離だ。
 とぼとぼと道を歩きつつ、アリスはぼんやりと、おじさんが部屋にいないといいな、とか考えながら道を歩いていた。
 その途中のことだった。
 最初の魔法少女と出会ったのは。

 実はアリス、帰るときに道を少し遠回りしていた。 大通りを通ればアパートまでは十五分もかからないのだが、その分、会いたくない人に会う確率も高くなる。
 そういう理由で大通りを避けて歩いていた。
 その途中のことだ。
 突然、クライシスが大通りにつながる道の方を見ると、ぴたりと動きを止めたのだ。


 しかし、アリスはクライシスより先に歩いていた。 そのため、クライシスが動きを止めたことに気が付かず、道を進んでいた。 気が付いた理由は、クライシスが声をかけたからである。
 「アリス!!」
 「……なによ」
 「敵がいる!!」
 「へー」
 「この反応は大通りの方かな? 範囲がギリギリすぎて詳しく分からない」
 「で?」
 「で、じゃないよ。 行くよ、アリス」
 「…………」
 クライシスは手を飛ばしてアリスの腕をつかむと、無理矢理引っ張ってゆく。 少し不本意ではあったが、特に家に帰りたいわけではない。 それに、もしそこに敵がいるのならどういう存在なのか気になった。
 なので、アリスは自分から大通りに向かって歩き出すと、ゆっくりとクライシスの後を追って行った。

 人、人、人
 やはり大通りは人が多い。
 夕飯を作る時間帯なのか、肉屋や惣菜屋、スーパーなどのレジ袋を引っ提げる主婦の姿が多くみられた。 車も数多く道路を走っている、排気ガスを垂れ流し、地球温暖化を促進させていく。
 自分たちの住む地球をゆっくりと死へ追いやって悪魔のガス。 それを排出する人間は悪魔以上の存在なのだろう。 それでも車を走らせ続けるのは、やはり目先の利益を優先してのことだろう。
 アリスはふと、思った。
 もし、ここにいる人間の全てが自分の寿命は長くても百二十歳までしか生きられないと知ったら。
 喜ぶだろうか、それとも嘆くのだろうか。
 

おそらく嘆くのだろう。
 それだけしか生きられないのか、と
 そんなくだらない考えが脳裏に浮かんでくる。 もしかすると、少し楽しみに思っているのかもしれない。 気分がいいとき、アリスはひたすらくだらないことを考えるくせがあるのだ。
 ここ数週間いいことが無かったので、久しぶりの感覚に少し戸惑ってしまう。
 

冷静になろう。
 そう思ったとき
 「いたよ」
 クライシスの冷たい声が耳に飛び込んできた。
 それを聞き、急いで顔を上げるアリス
 すると、車道の向こう側にこちらを向いて歩いてくる一人の少女の姿が目に飛び込んできた。 隣町の中学の制服を適当に着ている。 ふらふらと、しかし、視線はしっかりと自分に向けられている。
 

アリスは何かに魅入られたかのように、その視線を一身に受ける。
 時々車が横切るので、その姿をじっと見ることは難しかったが、何となくとらえることはできた。 身長はアリスより少し上、制服についているリボンの色が三年生の物と同じなので、おそらく年も一つ上なのだろう。
 アリスのように生気のない目をして、どんよりとした雰囲気を背負っている。
 何となく親近感を覚えるアリスだった。
9, 8

  


 一方のクライシスは面倒くさそうにつぶやいた。
 「……人が多すぎる……面倒だな」
 「ねぇ、もし、私が戦っているところが写真とかに撮られたらどうなるの?」
 「問題ない。 顕現すると強力な魔力が全身を覆う。 それの効果で写真とかに写らなくなるから」
 「そう、ならいい」
 ドンッ、と誰かにぶつかる。
 どうやら道のど真ん中で動きを止めていたせいで、主婦か何かの邪魔になったらしい。 しかし、アリスは一切そちらに気を配ることなく、前を見続ける。
 敵の少女が車道ギリギリのところにたどり着いたとき

 一瞬、車が途切れた。
 その時、少女の姿が変わった。
 燃えるような不思議な色をしたオーラのようなものが少女の全身を覆い、姿を変化させる。
 オーラが消え、次の少女の姿が目に飛び込んできたとき、その少女はテレビなどでよく見る魔法少女の服装とよく似ている服を身にまとっていた。 青紫色をしたそれは、何となく陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
 そして、少女は手に大きな大斧のようなものを手にしていた。 それはごてごてとした装飾が付いた派手なものではなく、静かな、しかし重量感があるデザインをしていた。


 突然変身した少女
 その姿を見て、向こう側の人々が騒ぎ出す。
 「なんだぁ?」
 「なんかの撮影?」
 「なにこれ、凄くダサい」
 「写メ撮ろう、写メ」


 一気に巻き起こる黄色い声、嘲笑の声、それでも少女は視線をしっかりと固定し、アリスの方だけを見続ける。
 まるで、自分が変身するのを待っているかのように
 アリスはその期待に応えることにすると、小さな声でクライシスに尋ねる。


 「戦う、どうやって変身するの?」
 「念じろ、それだけでいい」
 「……そういえば、戦い方とか知らない」
 「能力は変身したら教えるから」
 「分かった」


 アリスは言われた通り、念じた。
すると、どこからともなく真っ黒なオーラが現れると、アリスの全身を包み込む。 一瞬視界が奪われるが、大して怖くない。 少しすると、闇のオーラがゆっくりと全身に巻き付いてきて、服―――魔導麗装―――を顕現していく。
 変身には五秒もかからなかった。


 オーラがすべて晴れたとき、アリスはおよそ世界を救う魔法少女と呼べるような姿になっていなかった。
 全身を黒い服が覆っている。 下半身も、相手のようにミニスカートではなく、長いものだった。 しかし、戦いの邪魔にならないようにか、中心が開くようになっていた。 両腕も長い袖が覆っていて、まるで全身を闇が包み込んでいるかのような見た目だった。
 変身した時から、全身に力が巡るのを感じた。 どうやら肉体も強化されているらしい、今ならだれにも負けない気がした。


 アリスはゆっくりと自分の全身を眺めると、手にする杖に注目した。
 「これが、武器?」
 「そう。 まずは基本的な能力から説明するね」
 「手早くお願い」
 「いいかい、まずその服装は魔導麗装っていう。 魔力のシールドを顕現して君の身を守るものだ。 後は空中浮遊と、遠距離戦の魔導光弾を撃ちだすことができる」
 「この杖は?」
 「君の能力、武装変化の通常形態だ。 君はその杖を望んだ形に変化させることができる」
 「…………」


 そう言われても簡単に信じることができないので、まずは試してみる。
 剣になれ、と、声に出さず命令する。 すると、杖が光を発して形を変えるとアリスが命令したように剣の形になる。 その速度は一秒未満。 その結果を見て、満足そうに頷くアリス
 クライシスはその後、話を続ける。
 「そして、君にはもう一つの能力がある」
 「何?」
 「能力学習、敵の能力をコピーできる」
 「…………それだけ?」
 「弱点がある。 まずは敵の能力の仕組みを理解しなくてはいけない。 そして、オリジナルには劣る」
 「分かった」
 この話しぶりからすると、敵にも何か特殊な能力があるに違いない。 そこまで推測できたがとりあえず深く考え無いことにした。 接近し、敵の能力を見極めつつ変化させた武装で戦うことにする。
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