3日目
早乙女薫はファザコンだった。
ファザコンだから、今日もパパにチューをしてから学校に向かった。
ウソだ。チューはしてない。小学校まではしていた。でもなんだか本当にお父さんに恋をしている気がして、やめた。
そんなわけで薫は高校に来ていた。
昼休み、教室がワイワイとうるさいとき。
薫は子供の頃を思い出して頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を見ていた。
「なー薫」
視界に金髪の女子高生が入ってくる。手をワシワシと振っている。
この距離なのに。
「なあに」
「何考えてんの?」
「いや、何にも」
「隠すんだ」
「別に。何も考えてなかったから…」
「またそうやって。いいんだけどね」
金髪は前の席の椅子を引いて横向きに座る。
足をぶらぶらさせている。小学生か?
「今日カラオケ行くんだけどさ、薫も来ない?」
「え?何で?」
「何でじゃあないよ。メンツが足りないの」
「メンツ」
「男子3人いるんだけど。女子が2人しかいなくてね」
「大丈夫だよ。2人でも」
「大丈夫じゃあないんだよ。バランスが悪いでしょ」
「私はバランス要員?」
「言い方が悪かったよ。薫とカラオケ行きたいっていうやつがいるの」
「どの男の子?」
金髪は頭をわしゃわしゃとかく。
「ぶっちゃけていい?」
「いいよ」
「女だよ。隣のクラスの舞」
「えっ?」
「あ、そういうのじゃないよ。ただ薫のこと気に掛けてたから」
「気に掛けてた?」
「お前は山びこか。薫かわいいから目だってるんじゃない?」
「可愛くなんてないよ。可愛かったらもっとモテモテだよ」
「モテないのはあんた見た目がわるくないでしょ…」
「ふうん」
薫はぼんやりと話を聞いていた。カラオケなんて何でいかなきゃならないんだ…?
スマホを開ける。LINEが着ている。
立花さんからだ。「今日夕方あいてる?学校終わったら集まるんだけど」
わかりました、どこ集合ですか、と薫は返信した。
「ごめん、今日用事あった」
「…。わかった。たまには乗ってよね」
「うん。また埋め合わせする」
薫は両手を合わせて拝むポーズをした。金髪はため息をついて離れていく。
早乙女薫は夢見がちな乙女だった。
その辺の女子高生には興味ない。もっと大人の世界を見たかった。
だから今回のバイトも楽しみだったし、今日も金髪の誘いを断った。
電車にのる。ステンレスに赤いストライプの列車。
夕方前の上りはすこし空いていた。席に座って、ぼんやりと過ごす。
「やあ、薫ちゃん。待った?」
駅の前で待っていたら、前乗った赤いスポーツカーで立花さんが現れた。
今日は部屋着じゃなさそうなオシャレな格好だ。でもどこか男っぽい衣装。
というか男装だろうか。男装っぽいな。だってジーパンだし。
「今ついたとこです」
「そっか。じゃー乗って」
車が走り出す。特に行き先も聞いていない。平日のこんな夕方に、どこへ行くというのだろう。
「あの、立花さん」
「かおるでいいよ、って君も薫ちゃんだったな。えーっと。立花です。はい」
「今日はお仕事ないんですか?」
「ないよ。私達別に正社員ってわけでもないし」
「そうなんですね、あの、茶髪のジャージの方は…」
「ジャジ子ね。あいつは正社員だよ。手取り25万」
「そんなにもらってるんですね」
「いや実際どうか知らんけどね。すごく有能そうでしょ?」
「はい。メガネ掛けてると特に」
「ハーバード卒でIBMで働いてたんだけど、上司が変な人で、それに陶酔しちゃって。
独立するっていうから付いてきちゃったらしい」
「はえー。すごい方なんですね」
「IQとか250くらいあるんじゃない?」
「それは盛ってるんじゃないですか?」
ははは、と立花が笑う。「言うねえ」
「あ、あの、すみません。あんまり目上の方と話すことってなくて…」
「部活とかは?」
「園芸部に入ってたんですけど、ほとんど幽霊なので…」
「そっか。やれば出来る子って感じか」
「そうなんですか」
「うーん。ちょっと盛ったかな。おしとやか、といえば聞こえはいいけど仕事は出来ない感じ」
「う…。頑張ります」
「うん。で、ジャジ子の話だけど。社長にはもう会った?」
「いえ、知らないです」
「それがオオシマさんなんだよ。オオシマ・エージェント・サービス」
「社長さんだったんですね」
「そうそう。けど社長はチャラいからね。ジャジ子なんて目にないわけよ」
「ひどい」
「いや、ジャジが片思いしてるだけだから。中東に出張したりしてるから一晩くらいご一緒してるかもしれないかもね」
「大人ですね」
「ああ、大人さ。伊達にトシ食っちゃいないよ」
「あ、そいえば薫ちゃんっていくつ?」
「17です」
キキーッ、と急ブレーキをかける。後ろからクラクションが鳴る。
「マジかよ。解散」
「え?」
「今日飲み会だったんだよね。薫ちゃんの歓迎会込みで」
「あ、あの、私は別に飲めなくても…」
「いーや、厳しいんだ、あそこのマスター。未成年連れ込んだなんていったら出禁食っちまうよ」
「そうなんですね…」
「みんなには連絡しとくよ。どうする?歩いて帰る?」
「あ、はい、すみません…」
「いーよ。駅まで送るわ」
「お願いします」
そして早乙女は、一瞬で立花さんと分かれた。
駅前でしばらく立ち尽くした後、金髪に連絡しようか少し迷って、やっぱりやめた。
カラオケの気分じゃなかった。