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「Faded」Alan Walker

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動画はこちら
https://youtu.be/60ItHLz5WEA


 Where are you now?
 あなたは今どこに。
 あなたは、今、どこに、いるの。

 アラン・ウォーカー「The Spectre」を初めて聴いたのは娘のココが幼稚園に通い出した頃だから、四年以上前になる。Spotifyの日本上陸は2016年9月とあるから存在はしていたようだが、まだ私はその事を知らない。You Tubeでたまたま知って聴いていた。あまり聴かないハウス系の音楽というのが私には新鮮だった。十五歳でデビューしたアラン・ウォーカーはその頃二十歳に満たなかった。私の息子はまだ生まれてもいなかった。当時の私は、音楽の力を借りなければ会社に辿り着けないくらいの心境を常に持ち歩いていた。生き抜くには音楽の力が必要だった。新しく好きになれる曲をYou Tubeで漁っていた。ドレスコーズやザ50回転ズを知ったのもその辺りだ。

 その後私と音楽との絡みは、自身を慰め鼓舞するためだけではなく、生まれて間もない息子の寝かしつけや、小説執筆動機へと繋がっていく。

 Atlantis,under the sea,under the sea

 小学二年生から三年生にあがった娘の、学校での環境はガラリと変わった。
 支援学級の担任が変わった。
 学年一の乱暴な問題児男子と同じクラスになった。
 暴力沙汰が起こり、被害者となった娘に担任の教師はこのようなことを言った。
「あの子の家庭環境は複雑なのだから、もっと気をつかってあげて」
 娘は学校に行きたくないと言い始めた。
 親が付き添って学校まで登校し、出られる時間まで出る形で登校していた。
 登校出来ない日も多かった。
 夏休みが終わる日を娘は恐れているようだった。
「どうやったら眠れるの」と私に眠れる方法を尋ねてきた。
「何も考えないようにするとか」
「どうしてもいろいろ考えちゃうよ」
「両手両足にぐっと力を入れる。抜く、を繰り返す」
「この間それ聞いてやった」
「むしろお話を考え続けるとか」
「明日学校だったっけ」
「明日は日曜だから休みだよ」
「パパは?」
「お仕事」
 夜中に外のゴミ捨て場まで二人でゴミを捨てにいく。遊び疲れた息子は妻を引き連れて眠り続けている。

「Faded」はアラン・ウォーカーが2015年に発表した曲で、世界中でヒットし、日本でも東野圭吾原作の映画「ラプラスの魔女」の主題歌として使われている。You Tubeの再生回数は31億回を超えている(2021年8月現在)。世界中で様々な年代、性格、立場の人が聴いているのだろう。
 娘のタブレットから「Faded」が流れていた。他のアラン・ウォーカーの曲も。どうやら娘が見ている一連の動画シリーズで多数アラン・ウォーカーの曲が使われていたようだ。ゲームのアバターたちが繰り広げるやや物悲しいドラマ。日本語ではないが、何となく話の筋は理解しているようで、「悲しみを抱えた女の子が元の世界に戻る時に、この曲が流れるの」といった意味のことを娘は言っていた。

 Where you now?

 ごくシンプルなその問いかけはありとあらゆる人々の胸にわだかまる想いでもある。
 あの頃仲良くしていたあの人は今どこにいるのだろう。
 ネットでしか繋がっていなかったあの人は今も元気でいるのだろうか。
 自分も誰かにとってはそんな存在なのかもしれない。
 娘周辺の人間関係でもう一つ変わったことがある。
 一年、二年と、学級でも支援学級でも同じクラスだったある男子が、二年生三学期も残りわずかという頃、学校に来なくなった。
「トキト君はしばらくお休みです、って先生言ってた」
 彼とは一年生の頃、近所の公園で会ったことがある。少し乱暴な子で、植え込みを木の枝で打ち払っていた。娘とは授業中にしょっちゅう喧嘩していたらしい。「もう口をきかない」と娘が言っていたこともある。息子の誕生日に彼がくれたバースデーカードはまだ食器棚に貼り付いている。
 三年生のクラス発表の際、トキト君の名前はどのクラスにもなかった。
 どのようなことも起こり得る昨今であるから、事情があって急な引っ越しだったかもしれない。事件や事故に巻き込まれたという話は聞いていない。
 低学年から中学年への進級、難しくなる授業内容、変わる担任、乱暴なクラスメイト、そして失われた、いつも隣にいた存在。
 最近娘がポロッとこぼした。
「トキトとキスしたことあったよ」
 あれまあ。まあ支援学級ではずっと隣同士だったわけだから、喧嘩もすれば、仲良くもなるか。父親にぽろっとこぼせるくらいの関係だろうけれど。
 
 二年生まで支援学級の担任だった先生は、娘に実に親身になってくれた。学校であった嫌なことも楽しかったことも何でも話を聞いてくれた。学校とやりとりするノートには毎回愛情のこもった長い文章が寄せられていた。
 そんな先生にずっと恵まれるわけではないとは分かっていた。新しく赴任した先生は支援学級担当が初めてで、クラスの授業についていけないから別枠で支援学級に来ている生徒に対して、「他の子と同じペースで授業を受けられるようになるための勉強」を厳しく課した。
 きっと去年までが恵まれ過ぎていたのだ。先生も、環境も、隣にいる男子も。

 二学期は通常通りには始まらず、班ごとに分かれての、一日置きの分散登校となる、というお報せが二学期開始前日に届いた。幸い学年一の問題児とは別班である。始業式の日は欠席したが、翌々日の授業開始日には登校出来た。
 帰ってから娘は学校の話をまったくしない。
 学校に行きなさい、と私は言わない。

 家族全員で家でくつろいでいた休日、テレビに繋げたスマホで、アラン・ウォーカーの曲を流した。「Faded」「Lily」「Sing Me to Sleep」といった曲を娘が口ずさんでいる。テレビから流れる歌声と娘の歌声に、目をつぶりながら聞き惚れるという贅沢な時間を過ごせた。
 私が洋楽を歌うと歌詞は全て適当になってしまうが、歌詞付きの動画を流しながら娘の歌を聴くと、発音が原曲とほとんど変わりなかった。好きな曲ならあっさり吸収してしまうのだ。
 といった親バカ目線でいろいろ押し付けてしまうと、逆効果で音楽を嫌いになってしまうかもしれない、と、ほどほどのところで止める。皆それぞれの世界に戻る。もうすぐお風呂に入るから着替えを用意しなきゃ、と私は席を立った。静まりかえった部屋に、アカペラで「Faded」を歌う娘の声が響いた。

(了)


いろんな「Faded」

ライブ
https://youtu.be/mIxlvVlOIS0
和訳
https://youtu.be/Lj9AodhQGHs
ストリートピアノパフォーマンス
https://youtu.be/DDplD0MDmxw
オーディション番組
https://youtu.be/-8V3TI68oNI

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