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「Scatterbrain」Jeff Beck

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動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=HbMusZvhBqQ



 聴き続けているのに、弾きたいと思ったことがない曲がこれだ。
「Scatterbrain」を初めて聴いた時に、私は音楽の道を諦めた。
 それまでは、好きな曲であれば、難しそうでも挑戦しようという気概が、多少はあったのだ。だがこの曲は、思春期真っ盛りの私の心を砕いた。
「この曲を弾く努力をするくらいなら、他の道へ進もう」
 当時はそんな言葉で考えたわけではないが、結果そうなった。昔はギターばかりに注目していたかもしれないが、今聴くと他のパートも尋常ではない。

「Scatterbrain」という単語の和訳は、「頭の散漫な人、気の散る人、そわそわした人」らしい。人の気を狂わせかねない緊張感と、殺さないように気配りされた緩和とが繰り返される曲調であるから、「脳が叫んでいる」みたいな意味だと勘違いしていた。何かに思い悩んでいる時や頭痛の時などには決して聴かなかった。それでも多分二十五年以上(四半世紀!?)聴き続けている。よく狂わずに来れたものだ。

 先日、脳内編集者と脳内校正者とのやり取りを書いた。
「受賞作が出来上がるまで」
https://note.com/dorobe56/n/n49d4b333be56
 note内で開かれていた、掌編小説の企画「ピリカグランプリ」で、審査員賞をいただいた自作について、創作過程を事細かに書いたものだ。
第一段階「俳句」
第二段階「俳句物語」
第三段階「俳句物語を原作とした掌編」
第四段階「↑を叩き台にして脳内編集者とやり取りし、設定変更」
第五段階「仮の完成稿を脳内校正者にチェックさせ、ボコボコにされる」
第六段階「明日になれば子ども達にちょっかいを出されるから、今晩中に仕上げろ、という鬼脳内校正者に殺されそうになりながら、真夜中に仕上げ、そのままほとんど眠れず翌日ぶっ倒れる」

 脳内編集者、脳内校正者というのは以前から働いてもらっていた。二人がタッグを組んで大活躍し、私を殺しに来ることで、作品のクオリティを上げられ、受賞に繋がった。出版社やnote公式企画ではないが、千円貰えた。

 自分の脳内を詳らかにすることで、「脳が叫んでいる、スキャッターブレインかな(誤訳)」と、この曲を思い出した。ついでに、自分の頭の少し上から自分を俯瞰する視点を、意識して持つようにした。実際にそう見えているわけではないが、今の自分の行動を客観視することで「そんなことしていて本当にいいのか」と思えるようになる。
 エロ動画のサンプルに興味がなくなったのはそのせいか、歳のせいかは分からない。
 隙間時間が出来れば読書ばかりしているのは、創作者としては正しいのかもしれないが、社会復帰からは遠ざかっている。

 脳内編集者が言う。
「これは金にはなりませんよ」
「これはまあ、ライフワークとして続けてらっしゃるのなら何も言いませんが」
「これでは本にはなりません」

 脳内校正者が言う。
「不自然に見えるところは全部直してください。始めからこうだったかのように、作為の跡は全て消してください。考えもなしに下手に数字を入れないでください。最初から問題ないと思い込んで雑に読み返した部分に必ず誤字脱字があります。まとまった時間が取れなくて? 言い訳している間に手直ししてください」

 脳外俯瞰者が言う。
「で、その道でいいの?」


 ほんの少し雪が積もっていた朝、健三郎を幼稚園に送ってから、ココと少しだけ外を散歩した。車のフロントガラスに積もった雪に「I♡U」と書かれていたのをスマホで撮影した。公園の雪は既にほとんど溶けていた。
「小雪降る積もらぬ白に文字記す」記そうとすれば溶けてしまう白だ、と自作句に突っ込みを入れてみる。ココはその日、三時間目から学校に行った。

 ここ一週間の内三度、娘のココは小学校に行けた。
 三時間目から最後まで。
 三時間目から最後まで。
 三時間目から給食終わりまで。
 途中登校は保護者が学校まで送っていかなければならない。三日目に送った後、スーパーで買い物をしていたら、健三郎の通う幼稚園から電話がかかってきた。「園内関係者にコロナ陽性反応者が出たので、すぐに迎えに来て下さい」とのことだった。もっと直接的な言葉「園で、コロナが出ました」だった気がする。急な帰宅をむしろ楽しんでいる健三郎と、家でたっぷり遊んだ。

 プラレールの線路を自分で組み立てながら「思いついた!」と健三郎が叫んだ。明らかに、言った後で、どうしようかな、と考える素振りをしている。とりあえず「思いついた!」と言っておけば、何かが浮かぶように。

 思いついた。
「Scatterbrain」というタイトルで、徒然と書いていこう。
 内容は書いているうちに出来てくるだろう。
 途中詰まったら歌詞を引用して……歌がない!
 
 終わりが見えないので脳内編集者と脳内校正者と脳外俯瞰者は先に眠ってしまった。
 書き終えることが出来ない私は、書き続けるしかない。

(了)
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