VOL.2 上級国民
愛する者とは気心が通じ合うもの――—。柳原清四郎は孫娘とはとても仲が良い。不妊治療に悩まされた息子夫婦が授かった一粒種とあって、大変な溺愛ぶりだ。昔気質が強い清四郎としては跡取りが欲しく、男子の孫を望んでいた。が、幸い若葉はなかなか活発な性格とあって、また女の子らしくない遊びを好んだ孫娘とはよく気が合った。霞が関で官庁勤めの後、有名自動車会社に天下った自動車マニアでもある祖父の影響か、幼少期から人形や化粧品への憧れより、ミニカーやラジコンを好み、これまた清四郎を喜ばせた。
『わたしも免許取ったら、おじーちゃんの乗ってるトミタ自動車のピスケスとかが、欲しいな。ね、内緒で私にも運転席座らせてよ』
助手席でステアリングを切る祖父を、眼鏡の奥で愛らしいクリッとした瞳で見つめ、隙あらば『無免許運転』を画策するような視線を送る孫娘。そんな屈託のない笑顔で甘えてこられると、6年後には彼女に新車の高級ハッチバッグをプレゼントすることになることは容易に想像が付いた。
カーマニアの祖父と孫娘。そんな良好な関係に暗雲が立ち込めたのは昨年の秋のこと。祭日の午後、外食を終えた後、清四郎の車は大事故を引き起こした。フレンチレストランの広い駐車場を暴走し、食事を終えた家族連れをなぎ倒し、道路の反対側のインター・ネットカフェにバックの状態で突っ込んだのだ。即死者3名、重体者、重軽傷者合計11名。そのうち一名は一月後、死亡したが、持病を抱えていたため正式な志望者認定はされずじまいだったらしい。当然、車の所有者である清四郎は罪に問われるはず、だった。が、彼は身柄拘束はおろか、マスコミを通じてその名が世間に知られることも無かった。この国では一定の要件を満たす者は、仮に犯罪を犯そうとも罪に問われぬ、そんな既成事実が出来上がっていることは、一部の人々の間で認知されていた。代々の官僚の血筋にして、日米外交でも手腕を発揮した柳原は、その要件を満たしているといってよかった。
天皇にも拝謁し、叙勲を賜り、園遊会でもお言葉を頂戴していた。また、彼の息子、つまるところ、若葉の父親は3年前の区議選で当選し、次は衆議院に打って出たいという野心を持った人物でもある。‘名家’柳原家にとって単なる人身事故にとどまらぬ今回の事件はスキャンダルにほかならず、公表は避けねばならぬ死活問題だった。それゆえ、柳原父子が政財界のコネクションや、マスコミの伝手を頼り事件の矮小化を図った。結果、事故はTV等のメディアではフラッシュニュースでしか取り上げられず、運転者は高齢男性としか報道されなかった。また、ネット上では、一部の動画投稿を生業にするものが柳原家の素性を暴きにかかった。が、死亡した被害者がネットカフェ難民や、日雇い労働者であったことで、さしたる『祭り』にはならず、世論の動きは鈍かった。