33・トップアイドルのお宅訪問!!
夕方になり希春を自宅に送った。
「ここがあたしの家♪」
高い塀に囲まれた森林公園かと思ったら……実家の敷地だなんて!
「す、すご……」
「でも家は築100年以上のお古なの」
そう希春は言うが車が門に近づくと勝手に開き、しばらく進むと立派な洋館が現れた。
車寄せに付けて、僕は助手席のドアを開け
「今日はどうもありがとう。
お陰で元気になれたよ」とお礼を述べた。
「こちらこそ♪
ヒツジくんのお陰で楽しい休日だった!
ウチに上がってお茶でもどう?」と誘ってくれたが、丁重に断った。
その時
「希春、戻ったの?」と玄関から声がした。
「お母さま♪
ただいま戻りました」と希春が振り向いて答えた。
玄関にはメイドさんを従えた、背の高い美しい中年女性が立っていた。
さすが藤咲季春の母親だ……あ、そう言えば元タカラジェンヌだと聞いたことがある。
「どうしたの朝からいなくなって……
あら、そちらの方は?」
「お母さま、ご紹介しますね♪
私が大好きな小説の作者さん、牧野ヒツジ先生よ」
「初めまし……
まぁ!?あらあらあら!
まさか『雲海のフーガ』の!?
わたくしも大ファンなんです!!」
希春の母親は駆けよって僕の手を包む。
「そ、それはどうも……」
「どうぞお上がりになって!!
さぁさぁこちらへ!!」
希春とその母親に押し込まれるように家に上げられた。
ズズズ
超高級そうな調度品に囲まれた居間で飲む紅茶は……美味しいのだろうけど緊張で全く味わえなかった。
季春の母親が世間話のあとニッコリと微笑んで
「ところで牧野先生、
『雲海のフーガ』を欧英社から出版するつもりはありませんか?」と言った。
欧英社は良質な純文学や海外文学を扱っている大手出版社だ。
「え?
欧英社さんと何かご関係が?」
「ええ……母が経営していたのですが昨年亡くなりまして、わたくしが相続しました」
「そうなんですか……
でも確か……ラノベレーベルありませんよね?」
「いえ『雲海のフーガ』は純文学と言っても差し支えありませんので、もし宜しければウチで取り扱わせて頂ければと思いまして。
すっかり大ファンになってしまいまして、ぜひとも作品を育てていきたいのです」
ウィーンと音がしたかと思うとテーブルが開き、札束のピラミッドがせり上がってくる。
な、なんだこれ!
「契約金として三億ばかりでどうでしょうか」
え!?まさか……希春が僕に近づいたのは……このため!?
そうだよ……トップアイドル令嬢の藤咲 希春が僕なんかに近づくワケ無いんだし。
僕は
「あれは趣味で新都社に発表したものですし、その……カミナリマガジンさんとの関係もあるんでちょっと……」と断った。
「あらあら、お手付きですか……残念。
でも契約はまだなんですよね?
印税はカミナリマガジンさんの倍の条件ではどうでしょうか?
先生専用のレーベルを立ち上げてもよろしくてよ」
希春は
「お母さま!止めて!
勘違いされちゃう!!
あたしはヒツジくんを一人の作家として一人の男性として尊敬しているの!
だからご招待したのに」
希春……
僕は
「すみません!!!
お金の問題じゃないんです!
人との縁とか関係を大事にしたいんです!」と頭を下げた。
「そうですか……若いのに立派ね。
希春が見込んだ殿方だけありますね……」
その時
「なにー!!
希春が男連れで帰っただと!?」と奥から男性の声がし、身なりと恰幅のいい中年男性が慌ただしく入ってきた。
「お父さま♪」と希春が振り向く。
こらーウチの大切な娘をー!と叱られるかと思ったら
「牧野君かね、いや、どうも希春がお世話になってます。
希春が彼氏を連れてくるなんて初めてだ。
父親としてこういう日が来るのを楽しみにしてたんだ」と頭を下げられた。
僕は自己紹介をし
「あの希春さんの彼氏じゃなくて友達です。
しかも今日なったばかりで」と訂正した。
「ヒツジくん♪
あたしたち恋人でしょ」と微笑む。
「いや、あれはごっこ遊びだったし」
希春の父親が
「遊びでも最終的にゴールインすれば良いんだ。
ただし遊びのままだと、最終的にはコンクリートに包まれて東京湾の水位上昇に役立ってもらいますけどな。
ワハハハ」と豪快に笑った。
わ、笑えない……
「牧野君、キミは誠実で人柄が良さそうだな。
希春が選んだんだ間違いなかろう。
どうだね。ウチの婿になって、いずれは私の事業を引き継ぐ気は無いか」
「むむむむむムコ!!!!ジジジジじぎょお!!!」
「希春は私の仕事に関心が無いし、会社を赤の他人に渡したく無いんだ。
若いうちに私の右腕として仕事を覚えてくれたら大丈夫。
なに私だって入り婿なんだから君と同じだよ、ワハハハ。
それが嫌なら希春との子作りに専念して行く行くは孫にでも継承すればいいんだ。
ワハハハ」
子作りに専念………ゴクリ
「い、いえ!
僕は今の生活で満足ですから!」
「お父さま♪
ヒツジくんは世界一の小説家になるんだからダメよ」と希春は両手で僕を大げさに包む。
「そうですよあなた、わたくしからもお願い」と希春の母親も僕を包む。
ひえっ……これ以上ここにいたら藤咲ファミリーのペースに巻き込まれてしまう。
僕は
「じゃ、あの……僕は車も返さなきゃいけないから、そろそろ失礼させて頂きます」と言って席を立った。
せっかくなんだから泊まっていって、せめて夕食でも一緒にと言われたが固辞した。
希春の父親は
「ワハハハ、あまり無理強いすると失礼かな。
車は明日会社の者に取りに来させ、先生はうちの車でお送りしましょう。
おい」と言うと、奥から身なりのキチンとした初老の男性が入ってきてお辞儀をした。
「弓川でございます、牧野様はこの私が責任を持ってお送りします」
牧野様って……僕は背中がむずかゆくなるのを感じながら玄関まで案内された。
希春は
「ヒツジくん♪連絡先交換しましょ」と言われLINEを交換した。
昨日までの僕なら飛び上がって喜ぶのだろうが、今はそんな気になれない。
希春の母親は
「もし気が変わったら契約はいつでも言って下さいね。
それとは別に、これからも希春をよろしくお願いします」と深々と頭を下げる。
「あ、はいこちらこそ……」って言ったけど、アイドルで富豪令嬢なんて僕にはどうする事も出来ないですって。
玄関を出ると10人くらいのメイドさんが車までズラリと並んで頭を下げている。
希春の父親は
「色々と失礼なことを言ってすまなかったね、ワハハハ。
気を悪くしないで、これに懲りずに気軽に遊びに来て下さい」と笑う。
いや、無理ムリ!!!こんなお屋敷、気軽に来れない!
住む世界が違いすぎる……少し時間を空けて、悪いけど希春とはもう会わないって連絡をしよう……