「どういうことなんだよ!」
開口一番、譲は光一にそう詰め寄った。
ここは光一の実家、その自室だ。突然の電話、そこから間髪入れずに押しかけた譲を、光一は文句の一つも言わずに迎え入れた。しかし、逆上する譲に対して、幸一の態度はいたって冷静だ。
ベッドに腰掛け、組んだ膝の上に立て肘を付き、譲の方を見ずにそっけなく答える。
「どういうこと……って、何の話だよ?」
「しらばっくれるな!」
あの、健との訳の分からなかった一件以来。大学に上がってから支え続けてくれていたかけがえのないパートナーであり、譲の理解者でいたはずだった。
多少気分屋で自分勝手な所もあるが、それも魅力の一つだと思えてしまうほどの快活な笑顔を持った青年。荒んだ自分の心を癒してくれていた存在。
だというのに……。裏切られたという気持ちが膨らみ、感情の抑えが利かなくなる。
「お前が……健の家に泊まったって話だよ!」
譲が声をいくら荒らげても、光一の顔色は全く変わらない。全てを諦めているような表情は、普段どちらかといえばハイテンションな光一には珍しい。見飽きるほどに見てきたはずの顔が、初めて見る人間のように見えた。
「ああ……泊まったな」
そして、何を言い淀むこともなくハッキリと、光一はそれを認めた。
その態度には、何ら悪びれた風もない。
「で、それがどうかしたのかよ?」
決して強い口調ではなかった。会話を始めてから初めて目が合った。それだけで、譲は気圧されてしまう。
「……したんだろ?」
「ああ」
「だったら、どうかしたのかじゃないだろ。だって、俺たちは……」
そのせいだろうか。そこまで強気で攻めていた譲は、そこで一瞬言い淀んでしまう。しまった、と思った時にはもう遅かった。
「……俺たち、なんだよ」
「何って……付き合ってるんだろ?」
言い淀んだ末の疑問形。それは要するに――
「お前だって本当は分かってるんだろ? 俺たちの関係が、異常だってこと」
「……ッ!」
それは一番、その相手にだけは言われたくないと思っていたセリフだった。
「それはっ、そうだろうけど……。それとこれとは――」
「関係あるだろ」
譲の慟哭にも近い叫びを、光一は一蹴した。
「……健の彼女に、会ったんだろ?」
「ああ」
「どう思った?」
「どうって……」
正直に言えば、裏切られたと思った。自分に告白をしてきたはずなのに、自分をこんな道に引きずり込んだはずなのに、自分だけのうのうと真っ当に女と付き合っているなんて、と。
だが、そんなことを口にするのは、同じように自分がこの道に引き込んだ光一に対してできるわけがない。する資格がない。
言い淀んでいる譲を待たずに、光一は口を開く。
「俺は、よくやったな……って思ったよ」
「……は?」
「俺、知ってたんだ。健が『そういう』ヤツだってこと。……お前と健の間に何かあったってことも」
愕然として、譲は思わず声を出すことを忘れた。
知らなかった事実が今日だけで多すぎるほど押し付けられ、頭で理解できる容量を完全に超えてしまっていたのだ。
譲の顔は病人のように真っ青で、すでに立っているのも危うそうに見える。寒さのせいではない震えに襲われ、その場でうずくまってしまいたい衝動に駆られた。
「高校の頃さ、急にお前らの中がギクシャクしだした時があっただろ。健はそうでもなかったけど、お前は明らかに健を……なんていうか、警戒してるみたいだった。だから聞いてみたんだ、健に。『譲と何かあったのか』って」
「健が、全部話したのか?」
絞り出すような問いに、光一は首を横に振る。
「いや、全部じゃない。自分は同性愛者なのかもって。んで、譲に変なことして困らせちゃったんだってさ。それだけ。正直俺は健のホモ告白でドン引きだったし、それ以上追及しなかった。したくもなかった」
「じゃあ、俺との間にあったこともってのは何だよ?」
続けざまに質問する譲の顔を見上げて、光一は苦笑した。
「そりゃあ、お前と酔ってヤっちまった日のことだよ。あんなことがあれば、まぁなんとなく察しは付くだろ」
譲は自分の顔が、今度は熱くなっていくのを感じた。
光一と過ごした最初の夜。寮で飲み明かしていた時の勢いで、それは単なる事故のようなものだった。だとしても、それは完全に譲が襲った形で、譲にとっては健との一件以上に忘れたい出来事の一つだったのだ。
光一はそんな譲の様子をよそに、足を組みかえて一拍置くと、仕切り直しのように話を続ける。
「まぁ、それで俺まで『そういう』道に入っちまったのは本当に予想外だったけどさ……。でも、それで常識まで失ったわけじゃない。話を戻すが、俺はあいつに彼女ができたって聞いた時、ほっとしたよ。『普通』に戻れてよかったって、素直にそう思えた」
「なんだよ……それ……。大体、それはお前が健と寝た理由と繋がらないだろ!」
知らず、拳を握り締める。そして――
「だからさ、お前が気にするようなもんでもなかったんだって」
子供をあしらうかのように、光一は笑い混じりの嘆息混じりに、言った。
悪びれるどころか、ムキになっている譲を小馬鹿にしているようなフシすらあった。
「どうせ、お遊びなんだよ。アイツのことも、俺たちだって」
気がつけば、拳はパートナーだった男の頬へと簡単に吸い込まれていた。ベッドから受け身も取れずに転がった光一に、譲は悲痛な叫びを上げる。
「ふざっけんじゃねぇよ!」
頬を腫らし、よろよろと起き上がる光一。「いってぇ」と呟いた後に続けた言葉は、それでも酷く冷たい。
「お遊びなんだよ、こんなの。……こんな関係が、ずっと続くわけがねぇんだ。だったら、好きなようにやって何が悪いんだよ。お前だって、俺を襲った時は誰でも良かったんじゃないのか? 人のことを言える立場かよ」
再びベッドに腰掛け、口元の血を拭うと、殴ったこと自体には一言も触れずに扉を指差した。
「出てけよ。今の話で納得できないんなら、俺たちは終わりだろ。アイツだって俺と同じ考えのはずだぜ? なんだったら、聞いてでもみるんだな」
そのセリフを聞き終わるより先に、譲は駈け出していた。
思い切り叩きつけるように閉められた扉の音を聞いて、光一はもう一度殴られた頬をなでる。
「あー、くそっ。アイツ、思いっきりやりやがって。……いってぇな、ちくしょう……」