第五話『fear』
―――――――ベゴォッ! と鈍い音が重々しく残る。
その音は、確かに先程殺人鬼の手によって
殺された筈の新人の拳からの物だった。
故に、殺人鬼も少女も新人のその姿を見て驚愕する。
しかし、それも一瞬。
凄まじい程の威力の拳を頬に受けて尚、
殺人鬼は、倒れずニヤリと顔を歪め、
「そうかぁ・・・・・・オメェ、生きてやがったかぁ」
「あぁっ!?」
吹っ飛ばされそうになって崩していた体勢を
身を捻って後方へと下げながら瞬時に整え、
同時に右腕を拳を伸ばしたままの新人の顔へと向けた。
―――――――ジャコォッ!
その一連の動作と同時に引鉄が引かれた快音が響く。
「どうもキメ過ぎちゃって、障害《敵》が死んだか
どうかがあんまり分からねぇみたいだ。
ま、―――――――往生してくれよ。」
新人の横に倒れこんで座っていた少女が
それを見て、危ない と叫ぶ。
―――――――遅い。
次は、仕留め損ねんと言わんばかりに顔面直ぐに突き付けられた
黒い銃身が容赦なく死神の砲《こえ》を高らかに上げた。
これで、邪魔される事無くクソガキをじっくりと裁く事ができる。
そう、殺人鬼は思い子供のように無邪気な顔をして笑った。
だが、ふと気付けば銃声と同時に何故か自身の身体が
宙を浮いている事に気付いた。
「ジャンキーがぁっ・・・・ラリってんじゃねぇぞ、ゴルァッ!!」
拳銃を突き付けられるも、新人は一瞬も怯んでは居なかった。
荒々しくもあるが、裂帛の気合で的確に敵の横っ腹に
鋭く振りぬいた蹴りを突き刺し、そのまま宙へと吹っ飛ばした。
「なっ!?」
驚き、それと共に腹部に強烈な痛みが遅れて来る。
その痛みに、思わず顔が苦痛で歪む。
馬鹿な。俺が、痛覚を感じる程の痛みだというのか?
吹っ飛ばされて、宙に浮きながら殺人鬼は別の意味でも顔を歪ませた。
自身は薬によって、痛覚が若干麻痺している という事を自覚している。
それ故に殺人鬼は、痛みを感じるという事に 可笑しい と思った。
「くっ!?――――づぁぁっ!?」
受身を取る事もできず、殺人鬼は地面に落下。
ゴロゴロ、と少し転がった所で漸く体勢を整え直そうと膝をつく。
吹っ飛ばされた距離は、悠に3mはあるだろうか。
そう、膝をついて自分を睨み続けている新人を見上げて確認した。
その距離から言っても、新人が放った蹴りは異質過ぎた。
だが、殺人鬼は
余りにも可笑しい、薬を摂取し過ぎたのだろうか?
この俺が、二度もしくじる何て事はありえない。
そもそも、今自分が3m だと感じている距離は
本当に、そうなのだろうか? 薬による錯覚ではないのか?
ありえないと、そう思うことにした。
そうして、数秒合間を置いて 只、構えているだけで此方の様子を
見続けている新人を見て不適に笑った。
―――――――馬鹿者めが。
ジャコン、と 再び引鉄を引いた音が響く。
どうやら、相手の男は此方の様子を見ながら漸く
口がきけるようになった少女
を落ち着かせてどのような状況かを聞いているようだ。
遠目から、そう殺人鬼には見えた。
その隙に、ポケットから注射器を取り出して右腕へと穿った。
完全にトリップする前ならば、俺は最強だ。
絶対の自信があった。
それを証明するかのように、薬の効果で視界が広がっていく。
「俺は、―――――――『世界』だ。
誰も俺に、敵う筈がない。 今の俺ならば何だって成せる。
何故なら、俺は―――――――『世界』だからだ。」
ぶつぶつ、と自己暗示の言葉の様に呟く。
そうして、立ち上がり銃口を確りと敵の心臓へと狙いを付け、向けた。
その様子に、やっと気付いたのだろうか 新人は、横に居た少女から
視線を此方へと漸く向ける。
「鈍間め。」
鼻で笑ってやった。
今度こそ、しくじらない。
「俺を此処まで追い詰める事ができた礼だ。
特別に、奮発してやる・・・・・だからな
しっかり、と―――――――受け取ってくれぇっ!!」
言い終わると、同時に死神の砲《こえ》が
立て続けに発射され快音を上げる。
一発、二発、三発、四発、五発
先程、自身を威勢よく蹴り飛ばした男は一切の回避行動を
取る暇も与えられず、その全てを己が身で受けた。
硝煙と轟音の残滓の中、雨垂れのような静かな音を立てて
足元に転がったのは、潰れて変形した五つの弾頭。
其処で、殺人鬼の顔は狂喜で顔を歪める・・・・筈だった。
だが、自身を狂喜させる為に必要不可欠である肝心な新人の死体が
目の前には、転がっていない。
それ所か、新人は拳を上段へと掲げ五体満足で此方を見据え続けていた。
「―――――――終わりか?」
只、一言。
先程の銃撃に、動じることも無く負傷した所も見られず
只、新人は冷ややかであるが、強く言い放った。
ありえない、ありえない、ありえない、ありえ・・・
新人の存在その物を否定するかの様に、息を荒げながら
瞬時に、空の弾倉を投げ捨てて、新たな弾倉を装填させては
殺人鬼は、何かに恐怖しているかのような顔を浮かべては撃ち続ける。
そうして、換えの弾倉も尽きたのか最後の一発を撃って
殺人鬼は、ゼェゼェと息を切らしながらもう一度新人を見た。
「たくよ・・・・・人が黙って見てりゃあ、
ポンコロポンコロ鬱陶しいったらありゃしねえ。」
忌々しそうに、減らず口を叩いていた。
嫌、此れはもう減らず口ではない・・・・・・・・・
先程自身が、必死に撃ち尽くした銃弾が
その必死さを無慈悲に否定するかのように、
新人の足元に残骸となって曝されていたからだ。
気がつけば、ガチガチと膝が先程の少女の様に震えていた。
可笑しい。此れが、薬による幻覚症状という事ならばまだ分かる。
だが、何度もやったからこそあの感覚がどんな状態なのかは
自身が、嫌でも分かっていた。此れは、幻覚じゃない と。
だからこそ・・・・・
ありえない、ありえない、ありえない、ありえ・・・・
「うあああああああああああああああああああ」
絶叫する。
眼前に、立ちはだかった新人に恐怖する。
気がついたら、新人へと駆け出していた。
手に握り締めるは、サバイバルナイフ。
分かっていて、尚 その存在を否定したい自分を
抑え付ける事が出来ず 殺人鬼は駆け出していた。
そうして、新人は駆けてきた殺人鬼を
迎撃する形で確りと見据え構える。
「しっかし、よ」
絶叫と共に、心臓の位置へと突き出されるナイフ。
その突き出された腕へと横から、腕を滑り込ませ
「御前さん、相手が」
手で肘を掴み、もう一方の手で反対側の肩を掴む。
「悪かったなぁっ!!」
次の瞬間、殺人鬼の身体はぐるりと裏返され、そのまま天井を
見上げる形でコンクリートの床へと強く叩きつけられた。
がはっ!と殺人鬼が思わず息を吐き出したのと同時に、
その鳩尾に容赦なく渾身の力が籠められた踵が振り下ろされる。
全身にまで衝撃が伝わり、殺人鬼の意識には悲鳴を上げる間すら
与えられもしなかった。
意識を刈り取られ、気絶しながら泡を吹いている殺人鬼の様子を
見て、新人は少し哀れにも思った。
何しろ、格段に身体能力が飛躍されたサイボーグの力による
強烈な蹴りを二度も受けたのだ。
自分でも、どの程度威力が出ているか分からない分恐ろしい。
数秒後、まぁ自業自得だろ と思う事にした。
「たー・・・・・・一丁上がりだ。
さて、そこの嬢ちゃん 呆けてないで早く脱出するぞ?」
何か、凄い物でも見たかのように唖然としている
依頼主の娘さんに俺は、ニッコリと笑って手を挿し伸ばした。