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ロックンロール・ファンタジーⅡ

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「ちょっと今困ったことになってるのよね」
「どうした?」
「実はあの二人と寝たんだけど…」
「ぶっ!!」

僕はコーヒーを吹いた。

「ちょっと!汚いじゃない」
「お前が『今朝は朝食にサラダエッグを食べたんだけど』とでも言うような
 トーンで白昼堂々ドッキリカミングアウトをするからだろう。
 親の顔が見たいよ」
「そんな驚くような事じゃないと思うけど」
「いや、驚く。…お前なぁ、バンドメンバーとそういう事
 するのはマズいだろう」

でんでんタウンで凛里と初めて知り合ってから約半年。
彼女のことをいつしか『お前』呼ばわりするようになっていた。
ちなみに僕は女性に対して滅多にこの二人称を使わない。
年齢が17と予想以上に若く、僕より遥かに年下であることは別にして、
そう言わしめるだけの要素が彼女にはあるのだ。
僕の言葉を聞いた凛里が首を傾げた。

「何で?」
「何でって…気まずくなるだろ普通。二人って言ったよね今?
 三人で組んでるバンドの中で紅一点のお前がもう二人の殿方と
 そういう関係を持ってしまった訳だ。詳しい事情はわからんけども。
 その時点でもう厄介なトライアングルが完成してしまったと言えよう。
 確実に近い将来バンド内でひともんちゃく起こると僕は予想する。
 最悪解散、ってハメになるかもよ?揉めに揉めた挙句に。
 そういうややこしい事にならないように男女混合のバンドでは
 『バンド内恋愛禁止』の掟を設けるところが多いんじゃないのか?」
「恋愛なんてした覚えないわよ。私はあの二人とただまぐわった
 だけだっての」
「いい年した乙女が大きな声でそんな事言うでない。ほんで『まぐわる』
 てえらい古風な言い回しするなキミ」
「単にいっぺん言ってみたかっただけよ。別にHでもセックスでも
 言い方はどうだっていいんだけどね。
 ってかひっかかったんだけど…その『バンド内恋愛禁止』ってやつ?
 私から言わせれば、そんな決まりを作る事自体ナンセンスよ」
「何で?」
「結局はね、そんなの決めたって人を好きになる時は
 好きになっちゃうもんでしょ?その気持ちに無理矢理ブレーキを
 かけて、自分をごまかしているような人間に良い音楽が作れると思う?
 人を感動させられるような演奏が出来ると思う?不可能よ。
 だから、たとえバンド内であろうと恋愛なんてしたいだけしたら
 良いのよ。それがキッカケで揉めて、解散するようなバンドなんて
 しょせんその程度って事なんだから。そんなもんならハナっから
 音楽なんてやらない方がマシよ。本当に価値のあるバンドなら
 ちょっとやそっとの事でダメになりゃしないんだから。
 ねぇ、そうは思わない?」
「何か喋りにかつてない勢いがあるな…」
「そうかしら?…とにかく、そんな下らない掟なんて犬にでも
 食わせておけばいいのよ」
「でも素晴らしいバンドって結構短命に終わる事が多い気がするけど。
 テレヴィジョンとか、あんなロック史に残るような名盤の1st作って、
 その翌年に何だかパっとしない2nd出して、それっきりあっさり解散
 しちゃったしなぁ」
「テレヴィジョンは恋愛関係のもつれで解散した訳じゃないわよ」
「そりゃメンバー全員男だからね。そんな事起こりようないって言うか。
 まぁみんなゲイだって言うなら話は別だろうけどそんな話は聞いた事
 ないしね」
「はぁ…そうね。あんたのその言い回し、相変わらず聞いててちょっと
 疲れるわ。…ちなみにテレヴィジョンは再結成して3rdアルバム出してるわよ」
「マジで?知らなかった。いつ?」
「93年」
「そうだったんだ。アルバムの出来はどうなの?」
「聴いてないわ。まず1stは超えられないでしょうしね。
 大体最近は再結成するバンドが多過ぎよ。お金目的の活動で過去の栄光に
 泥を塗る真似だけはして欲しくないわね。大抵そうなるんだから」
「それに関しては同意せざるを得ないな…。ちなみにモリッシーは
 多額の契約金と共にザ・スミス再結成の話を持ちかけられたみたいだけど、
 あっさり断ったそうだよ」
「ふーん、そうなの。まぁ、モリッシーとジョニー・マーの仲は最悪
 だっていうから当然といえば当然よね」
「それが、近年ではどうやら和解できたみたいだよ。でもモリッシーは
 ソロで十分活躍をみせているし、マーはマーでモデスト・マウスっていう
 素晴らしいバンドの正式メンバーとして活動してるからね。
 そんな充実した状態にあればいちいち昔のバンドに戻ろうなんて気には
 ならないだろうね」
「へぇ、マーって今モデスト・マウスのメンバーなの?あのバンドも
 相当強力な布陣になったものね」
「なんたってマー加入後にリリースされたアルバムはビルボードチャート1位を
 獲得したっていうからね。…何で日本ではこのバンドの名がいまひとつ
 浸透してないんだろう?もっと売れてもいいと思うんだけどな」
「日米、日英で評価の差があるなんてよくあることよ」
「まぁそうだね…そうそう、そういえばさっき再結成について否定的なことを
 言っていたけど、ちょっと前にあったピクシーズの再結成ライブは
 かなり良かったよ。音がバリバリに鋭くてさ、衰えなんて全く感じなかったね。
 生で伝説のバンドを観られて興奮したもんだよ」
「ふぅん。でも再結成して暫く経つけど一向に新譜は出ないわよね。
 フランク・ブラック、ソロアルバムは出してるくせに」
「…確かに。クリエイティヴィティがあるのならバンドの方にも力を
 注いで欲しいもんだね。ピクシーズの新譜なんて、全世界が待望してるよ。
 いつか聴ける日が来るといいな」


そこまで話し終えたところで、僕は近くを歩いていたウェイトレスを
呼び止めてコーヒーのおかわりを頼んだ。
フリルのついた制服のよく似合う、セミロングの可愛らしい女の子だった。
目の前にいるこの娘も黙っていれば絵になるのだけど…。


「で、何の話してたんだっけ?」
「私があの二人と寝たって話」
「そう、それだ」

僕はふぅ、と息を吐いた。

4

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