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06『激妄』   作:あるみ

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「なあ、もしもこの世界の男性の性欲が減少したらどうする?」
 僕は不意に気になった一言を彼女へと吐き出す。
「何それ……」
「もしもの話だよ」
「もしもというか、それは女性に聞くべき疑問ではないと思うのだけれども……?」
 彼女は表情を渋らせ、そして奇妙な問い掛けをしてきた本人は、僕を鋭い目でじいと睨んでいる。
 今さっきまで僕は彼女と「これから先の出来事」について語り合っていた筈なのだ。大学に行くのかとか、専門学校に行くのかとか、そんな他愛のない話を。それなのに僕はその場に突如として脳内に現れた「性欲が減少したらどうなるか」という言葉を吐き出してしまった。
 恥ずかしながら(恥ずかしい事であるのかどうかは別として)僕は彼女に好意を抱いているわけで、彼女の前では一度たりとも抜けた姿を見せはしなかった。彼女が見てる前で上位の成績を取り続け、彼女がマネージャーをしている部活では毎日鍛錬を積み優勝へとチームを導く。なにからなにまで彼女の前では「完璧な自分」を演じ続けてきたのだ。
 それなのに。今僕は彼女の前で異質な疑問を一つぶつけてしまった。何故? どうして? というか楽屋裏でもこんな間抜けな会話はしていないぞ俺は。
 訝る彼女を前に僕は「うぬぬ」と呻き、頭をボリボリと掻きむしった。これでも頭の回転は速い方なのだ。いや、完璧を演じてきたからこそ今の僕はあるのだ。
 そして僕は、ふと一つの答えに辿り着く。
――これはもしかしたら宇宙人とかの仕業なのかもしれない。
 馬鹿だと、突っ込んでやるからその頭を出せと誰かは言うだろう。だが、それもあり得なくはない。
「そうか……浄化の隕石。あれが全てを狂わせているのか」
「ええと、ユキオ君、それはなんなの?」
 全てを浄化すべく地球に打ち出された隕石の形状をした弾丸が、遂に地球の大気圏を突破しうるべくこちらに向かっているのだと、その時僕はやっと気づいた。そうかそうか宇宙人は遂に地球人を滅ぼし、地球のエネルギーというエネルギーをバカ食いするつもりなのだろう。
「……ユキオ君?」
 彼女は青い顔をしてこちらを見つめている。心配げな表情、いや、それは明らかに「異質」を拒むかのような表情だ。
「そうか、なるほど……君が……」
 僕は全て理解し、そして同時に世界を理解した。
「……ユ、ユキオ君?」
「見せてもらおうじゃないか……君のその一応『呪文』に分類されるであろうその力を……」
 彼女は、いや魔女は僕のすぐそばにいたのだ。宇宙人を受け入れた数人に受け渡された能力「surpass」を手にした十三人の女性の一人。 そして浄化の隕石を地球へと呼び寄せる磁石とでもいうかのような存在……。世界の敵として存在している彼女は、僕をその呪文で惹き寄せることで「術の代償として支払われる優秀な命」を手にする事に成功したのだ。そして存在を消された人間はどこかの裏組織に拉致されたという拉致説を周囲に流し込み、そして半分諦めにも近い可能性をそこに混ぜ込むことでその「存在」を見事に消滅させてしまうのだ。今頃目の前の彼女は青い顔という仮面の下でふるふると笑っているのだろう。
 俺は怒りに身を震わせながら、きいと彼女を強く見据えた。
「……俺は、騙されないぞ。まだ、まだやり残したことがあるのだからな……」
 僕は強く地面を蹴って彼女に飛びかかる。黄色い悲鳴が公園に響き渡るが、そんなことを気にするほど僕に余裕はないのだ。早く彼女の心の臓を抉り出し、そしてその生き血を啜る事で自らにかけられた呪いを解かなければならない。
「ユキオ君!? どうしちゃったのよ!?」
「おかしくなったんじゃないんだよ……。今までがおかしい状態だったんだ……。畜生魔女め、他の十二人の契約者はどこにいる!? 宇宙人の欲しているエネルギーを言え!! その能力の効果範囲は一体何メートル、いや何キロなんだ!? おい!!」
 僕はただひたすらに彼女の衣服を破り続ける。カーディガン、ネクタイ、二―ソックス、スカート、下着類も全て引きちぎった。彼女は既に涙目だ。だが僕はそれが隙を突くための術だという事を理解している。馬鹿め、その位で僕が油断するとでも――

 ふと、我に返った。
 僕は何をしていたのだろうか。空想が好きでたまに記憶が飛ぶほど妄想に浸ることはよくあるのだが、ここまで理解できない現状になっているのは、初めてのことだ。
 裸体のまますすり泣く僕が好意を抱く彼女、そしてそんな彼女に馬乗りになっている僕。
「……ええと、あの、俺何を……?」
 ドクンと高鳴る心臓の音にハッとして、それから僕はブレザーを脱いで彼女に被せる。
「いきなり……どうしちゃったの? ユキオ君……」
 彼女は赤い目を僕に向けてそう問いかけてくる。しかし、何がなんだかわからない。なんだかすごい妄想の世界に身を委ねていた気がするのだが、重要なその部分が脳からスッポリ抜け落ちてしまっている。
 泣き止んだ彼女の行動次第で、僕はとてつもなく大きな壇上で周辺住民等に対して釈明会を行わざるを得ない状況になるだろう。
「一体……僕は、何を?」
 ぐすりぐすりと涙を零す彼女は突如起き上がると、ズンと僕に自らの身体を押しつける。
「……え?」
 刹那、右脇腹に走る痛みに僕は表情を歪ませ、そして捻り出す様に一文字の言葉を吐き出し背中から地面に倒れ込んだ。
「まさかsurpassの事まで漏洩しているとは思わなかったわ……。どうやら『水晶』が生贄として選んだだけの男ではあったようね……」
 僕を見下ろしながら彼女はふふ、と鼻で笑う。右手には刃が真紅に濡れているナイフ。多分僕の血だ。
 彼女は何を言っているのだろうか。surpass、水晶、生贄……。まるで意味が分からない。
 朦朧とする意識の中で僕は彼女を見据え続ける。まさか好きだった相手に刺されて人生が終わるとは思わなかった。
「安心して。もうすぐ隕石は大気圏を突破し、生物だけを根こそぎ刈り取っていくわ。一人で死ぬわけじゃあないから……」
 ズブリと、意識の尽きかけている身体に肉を断つ感触が伝わる。
 あれは、僕の、心臓……?
「これで全てが成功する……。全て……。ありがとうユキオ君。お礼にキス、プレゼントをするわ」
 温かな感触が、僕の唇を刺激した。
 そして死にゆく中、霞む視界が最後にハッキリと「ソレ」を捕らえた。
――隕石だ。と……。

   終わり
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