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第三十話 たったひとりの最終決戦

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「ノーテン……」
 倉田の一人テンパイ。みんな大急ぎで牌を卓に流し込む。
 シマがいなくなって二局が流局し、ついに次はオーラス。


 天馬…4500→3000→2000
 倉田…13800→15300→18300
 雨宮…65500→64000→63000
 八木…20200→21700→20200


 書斎の奥で書架をなめ回している禍々しき火炎の姿はいまだ見えないが、おそらく少しずつその領土を拡大しているのであろう。
 完全に制圧された時、ここにいる人間はその圧倒的な暴力によって消滅する。
 その前に雨宮たちはこの半荘を終わらせねばならず、そして天馬は連荘に次ぐ連荘を繰り返し、六万の差をひっくり返さねばならない。
 たった一人で……。
 天馬の胸の中で、シマの言葉が乱反射していた。
(人を信じるってことは、重たいことなんだ)
 自分は信頼という言葉に身勝手な期待を重ねていただけだ。
 シマを信じていたんじゃない。
 裏切られたときのことを想像したくないから、逃げていただけだ。
 そんなもの友情なんかじゃない。
 ごっこ遊びだ。
 天馬は配牌を取り終えると、息を吐いた。
 シマがいようといまいと関係ないのだ。
 仲間がいない? 点棒が少ない?
 それがどうした。
 勝負というものは結果が出る前に行われているんだ。
 オレはやっとそのことに気づけたのだ。



 苦しい局だったが、なんとか天馬はしのいでいた。
 零本場は役牌を一鳴きして流局間際にギリギリで天馬がツモアガリ。500オール。
 雨宮たちにすれば、点棒よりも連荘によって時間が奪われることの方が辛かった。
 もちろん天馬にとっても時間は惜しい。しかし親が流れれば敗北なのだ。
 どんな手だろうとアガれなければ意味が無い。



 四人の顔から滝のように汗が流れ滴っていた。
 炎の熱気と尋常ならざる恐怖が、彼らから表情を消し去ってしまった。
 まるで死人。再び生を得るためにゲームに興じる亡霊たち。
 黙々と打牌が続く中、唐突に倉田が牌を捨てた直後、体を傾かせたかと思うと、卓の下に盛大に吐瀉物をブチ撒けた。
 ほとんどが胃液で、すっぱい臭いが煙に混じって大気を漂う。
 天馬はそんな倉田を一瞥もせずに手を開けた。
「ロン。喰いタンドラ1。2900の一本場3200」
 これでもかというくらい軽い手。
 しかし今はこれでいいのだ、という実感があった。
 粘ること。負けないこと。
 そうすれば勝負は終わらない。
「いい加減にしろよ……」
 ぼそっと雨宮がこぼしたが、天馬は無視して二本目の百点棒を積んだ。
 火の音が、さっきよりも大きくなって来ている。




「ロン……」
 二本場、天馬は再び手を倒した。ピンフドラ1のヤミに、倉田が五順目に打ち込んだのだ。


<オーラスの点棒状況>
 天馬…2000→2500→5700→9200
 倉田…18300→17800→14600→11100
 雨宮…63000→62500
 八木…20200→19700


 おかしい、と雨宮は思った。
 確かに点棒は増えている。しかしこれは時間がある者の打ち筋だ。
 ここはツモれることを期待してリーチといくべき箇所。
 なぜ点が低くなるにも関わらず、ヤミテンだったのか……。
 それに気づいた時、雨宮は再び、己の失策を悟ったのだった。
 倉田の点棒箱に目をやる。ふちに胃液の飛沫がくっついていた。
 雨宮の真剣な眼差しに戸惑った倉田が不安げに尋ねる。
「ど、どうした……?」
「倉田……おまえ、もうホントに頼むから、振るなよ」
「え……? で、でもまだトップのおまえと馬場の点差は十分……あ」
 倉田もようやく気づき、天馬を見た。
 天馬は理牌を終えた配牌から北を打ち出すと、倉田に笑いかけた。


「さァ始めようぜ、南四局三本場……


 親マンガン……12000の直撃を……


 おまえからブン奪って……


 オレは勝つ……!」



 倉田の目から、鼻から、口から……そして股間から、液体が溢れた。


 誰か一人がハコテンになったら、その陣営は敗北。そういう取り決め。
 こんなことになるとは露とも思わず、雨宮たちはよく考えずにルールを設定してしまった。
 どこまでもどこまでも、油断と侮蔑のしっぺ返しを喰らわされる。
 そう、天馬に勝ち目は確かに残っていた。
 優勢のために組んだ三人同盟。
 それが今、そのメンバー全員の首をきつくきつく締め上げていた。
 天馬の目がぎょろりと三人を鋭く睥睨する。


 風を受け、駆け抜けよう。
 道を見つけ、罠を見破り、策を張り……それでも届かなかった高みへと。

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