黒いドレスの女(作:通りすがりの☆馬券師)
「黒いドレスの女」
競馬に負けた。
金欠度合いも頂点に達した今週、給料日を前にいよいよ資金が足りなくなった。 このままでは家賃が払えないので、やむを得ず今週のバイト代を前借したのだが、この金額では足りなかった。従って、昨日の競馬で何とか家賃と生活費を稼ぎ出そうと必死に努力をしたのだが、惜しくも敗れ去り、資金を使い果たしてしまったのだ。
最終の中山第12レースが終了し、なけなしの資金で購入した馬券が全て紙くずとなった後、私は精も根も尽き果てていた。どのレースで、なんという馬の馬券をどれだけ購入したのかは忘れ果てていたが、最後のレースで、絶対の自信を持っていた本命馬が、最終コーナーを待たずにズルズル後退してしまったことだけは覚えている。
盛大に散らかった部屋を見回す。目の前に転がる瓶のラベルに印刷されたひげのブラック。どうやら、残っていたブラックニッカウイスキーも全て飲み干してしまったらしい。これで、私の家には食糧も無くなったことになる。
さて、どうしようか。誰か友達に金を借りて、それで今日もう一度勝負をしてみるか。競馬で失敗したから、今日はパチンコにしようか。二日酔いでガンガン痛む頭の中で、そう多くは無い友達の顔がグルグルと巡っていた。
考え始めて小半時。残念ながら借金の当てが思いつかなくなった私は、いつもの通り戸棚をごそごそと漁り始めた。千円札一枚でもいい。何とか種銭は無いだろうか。
「あった」
そこには白い封筒がひとつ。昨日貰った給料の前借りの袋。なぜか、一万円札が一枚、そこには残っていた。
先週はシフトが多かった分、多分思ったより給料が多かったのだろう。それでもう一枚入っていることに気づかなかったのだろう。これは天の助けか。とりあえず首の皮が一枚つながった。
「やるか…」
私は、その一万円札を握り締め、いつもの通り近くのウインズへと向かった。
その日のウインズは、思いの外空いていた。もう少し混雑しているかと思ったが、予想ほどの混雑ではなかったようだ。
私はとりあえず新聞を購入し、まずはじっくりと出馬表を眺め始めた。レースは三つの競馬場で合計36レースあるが、この種銭ではとても全てのレースに手を出すわけにはいかない。的中できる確率が高く、配当の期待できるレース。それが必ずいくつかはある。そういうレースを探して、目を皿のようにして出馬表とにらめっこをしていた。
「あれ…これは第一レースから、面白いぞ…」
中山第1レースはサラ系3歳未勝利戦、牝馬限定のダート1200m。ポイントなのはこれが牝馬限定戦であること。当然新聞の印は、近3走の成績の良い馬に集中しているが、これらの馬には牝馬限定戦を選んで使ってきている馬や、ローカルの福島などで実績を残して来た馬も多い。そういう馬ではなく、暮れの中山などで牡馬相手の混合戦で揉まれてきた馬や、よりレベルの高い関西からの遠征組がいれば、その馬の実力の割りに人気の盲点になりやすい。
私の狙い目は6番のリキサンビューと13番のスワップギフト。前者は3ヶ月ぶりだが、暮れの中山の牡馬相手の未勝利戦で0.5秒差の7着と善戦しており、新馬戦も0.4秒差の6着。稽古の動きは程々だが、元々ソエのある馬でそれ程動く馬ではない。後者は前走が中京で5着、その前が小倉で6着でタイム差はいずれも0.5秒以内と善戦している。関西勢が強いことや持ち時計もあることから、5番人気はかなり美味しいものと思われた。
狙い目は決まった。6-13の二頭の馬連と、二頭からの三連複を人気サイドに5点流しで勝負しようとマークシートを塗りつぶし、列に並ぼうとした。
「おや…」
何の気なく自動投票機の列に並んだところ、私の前には、この鉄火場には不釣り合いな姿の人間が立っていた。
その人物は、いわゆるゴシック・アンド・ロリータスタイル。黒いフリルのドレスを纏い、頭にレースのカチューシャをした、おおよそ馬券を購入する人間とは思えないような人物だった。おっさんだらけのウインズの中で、明らかに、一人だけ存在が浮いていた。
「こいつ、一体どんな馬券を買っているんだろう…?」
興味にかられた私は、意識的に首を伸ばし、そのゴスロリ女の買った馬券を覗き込んだ。
そこには、6-13の馬連500円と、6=13二頭軸の三連複。買い目は私より多く7,8点に流しているが、基本的には全く同じ買い目だった。
「マジかよ…」
このあまりにも競馬に似つかわしくないゴスロリ女が、競馬暦10年の私と比べて赤の他人とは思えない馬券の買い方をしていることに驚き、そしてどうにも嫌な胸騒ぎを感じていた。
そして、直前のゴスロリ女が馬券を買い終わり、続いて私が馬券を買い終わった後、程なくして第1レースの締め切りのベルが鳴った。
「先頭はベイビーアメリカ逃げ切ってゴールイン!一番人気に応えました。田中勝春騎手でした。二着は12番リリーフェイト。その後13番スワップギフト内にマイネムムターズの順でしょうか…」
結論から言おう。外した。
購入してた6番も13番も良く伸びていたが結局0.5秒以内とはいえ3着以下。勝ったのはおなじみの黄色と黒の縦縞の勝負服、社台RHの馬だった。前走牝馬限定のダート1200mで2着の馬。実に妥当な結果だった。
当然前のゴスロリ女も外れ。レース中、全く騒ぐでもなく静かにモニターを見つめ、そして外れたことが分かると、そっとポケットに馬券をしまった。
第2レースはパス。第3レースもパス。レース自体は非常に堅そうだったが、それ程の自信がなかったうえ、いざマークシートを塗りつぶして馬券を買おうとして列に並んでみると、いずれも一つ前にあのゴスロリ女がいるのである。そして、女の馬券を見ると、多少紐や点数は違うとはいえ、軸馬がことごとく私と一致しているのである。
ちなみに私の第2レース本命は松岡騎手騎乗の14番ミニッツリーダー。第3レース本命は柴田善臣騎手騎乗のモンテボリショイ。多少の自信と手ごたえはある馬だったが、蓋を開けてみると前者は2着で相手にとんでもない人気薄を連れてきていたし、後者は単勝2.1倍のダントツ一番人気にも関わらず馬群に沈んで7着と敗れ去った。
そして、予想通りこのゴスロリ女も負けていたようで、馬券をじっと見つめると、それを無言で自分のポケットの中にしまっていた。まぁいいだろう。おかげで2000円ほどは無駄な馬券を買わずに済んだのだから。
第4レースも障害競走は良く分からないのでパスし、ここで第5レース。
「これしかないだろう…」
第5レース。サラ系3歳未勝利戦。芝2200m。私の本命は蛯名騎手騎乗の6番マツリデゴッド。4戦して2着が3回だが、そのうち2回が夏の札幌。あと一回が前走の中山。府中では4着と崩れた。休養から復帰して3戦目、相手関係も弱くなって今回は不動の本命だろう。私は、三連単の1着に6を塗りつぶし、その後の2着3着に5頭の馬番を塗った。5×4で20通り2000円。自信はあった。
だが、一つだけ気になることがあった。あのゴスロリ女がどんな馬券を買うのか、それが非常に気になった。私はもう一枚マークシートを取り出し、三連複一頭軸の軸馬に6を塗りつぶし、残りの相手5頭を同じように塗った。5×4÷2で10通りの各200円、合計2000円。二枚のマークシートと、千円札二枚を持って、あのゴスロリ女の後ろに並んだ。
「やっぱりそうか!」
ゴスロリ女の買い目は6番マツリデゴッドの三連単1着固定。しかも相手も全く私と同じ。ここまで買い目が被ると本気で寒気がしてくるが、何はともあれこの馬券は来ないだろう。私は三連単のマークシートを二つ折りにして破棄し、三連複のほうのマークシートを握り締めた。多分ないと思うが、マツリデゴッドが2、3着に負ける可能性もある、という馬券になった。
「それでは第5競争、サラ系3歳未勝利戦。芝の2200mのレースです。スタートしました…」
ゲートが開いた途端、ウインズのそこかしこから悲鳴が起こった。何と単勝1.7倍の圧倒的一番人気、6番マツリデゴッドがスタートでつまづいて出遅れたのだ。
「あーあーあー蛯名何やってんだー!」
「またESP(蛯名スペシャル)やりやがった…」
出遅れて後方からの競馬になったマツリデゴッドを尻目に、柴田善臣騎手の3番キーストンライナーが飛ばしていき、メインレースのために遠征してきている武豊騎手の二番人気ブラックガーターが単独二番手。三コーナー手前から緑地に白横二本輪のおなじみキャロットの勝負服、三浦皇成騎手の15番スマッシュヒートが押し上げてこの二頭に並びかかる。一番人気マツリデゴッドはようやくその後ろ。
「蛯名ー差せー!」
「何やってんだ!」
マツリデゴッドは大外からすごい脚で追い込んできたが結局届かず3着。そのまま武豊のブラックガーターが1着、三浦騎手のスマッシュヒートが2着。三連複は2番人気-4番人気-1番人気で1460円。取ったのはいいがガチガチすぎて安い配当だった。
そして、あのゴスロリ女はまた外したらしく、馬券をじっと見つめると、静かにポケットへと入れていた。
そして第7レース。サラ系4歳上500万以下条件。ダートの1800m。出走馬13頭。単勝の一番人気は武豊騎手騎乗の関西馬、7番マチカネヒヨドリで2.6倍。二番人気は横山典弘騎手の1番スピリチュアルで4.7倍。人気の上ではこの二強の一騎打ちモードだが、スピリチュアルは藤沢和雄厩舎の馬で良積が札幌に集中しており、どうも食指が動かない。関西馬絶対優勢と見て7番マチカネヒヨドリからの馬券で間違いない。じっくり考えた末、相手は4番人気の5番トーセンカミーラを選んだ。馬連は5-7で5.3倍と安いが、この馬券はかなりの妙味がある。先ほど払い戻しを受けた2000円少々を握って、またあのゴスロリ女の後ろに並んだ。
「そんなバカな!」
私は驚愕した。ゴスロリ女の馬券は馬連5-7一本で2000円。買い目が全く被っている。この馬券は来ない、私はそう直感し、慌ててもう一枚マークシートを取り出し、馬連をワイドに変え、ワイド5-7一本で2000円に買い目を変えた。配当は2倍台に落ちるが、来ない馬券を買っても仕方ない。とっさの判断だった。
「…といったところ、スピリチュアル3番手!先頭はマチカネヒヨドリ、2番手もトーセンカミーラで大勢決した!マチカネヒヨドリ一着でゴールイン!」
ゴスロリ女は、小さくガッツポーズをした。
私は、激しく舌打ちをした。こんな簡単な馬券だったのに、前のゴスロリ女のせいで、馬連5.3倍のところをワイド2.1倍の払い戻しにしてしまった。いくらあのゴスロリ女と買い目が被っても、こんな簡単なレースであれば、さすがに的中するのだ。あまりにも、余計なことを考えすぎてしまって銀行馬券を的中させるチャンスをみすみす逃してしまった。
とはいえ、終わってしまったことは仕方ないし、馬券を取れたことにも違いは無い。あのゴスロリ女はすぐに換金に行ったようだが、同じことをするのもけったくそ悪い。私はとりあえず馬券を財布に入れ、次のレースの検討を始めた。
「アイゼンパヒューム先頭でゴールイン!勝ったのはアイゼンパピューム柴田善臣騎手でした。二着はミックミク、ゴール前良く伸びてこれが二着を確保したようです…」
「先頭はシークレットギルド一着でゴールイン!後藤浩輝騎手見事な騎乗でした。二着は武豊のビットマップアート。メジロモンクも良い脚を使いましたが結局三番手までとなりました…」
結局、このあとは第10レースまで負け続けた。否、そのうち9レース、10レースは見をしたのだ。無論その理由が、第8レースでまたもやゴスロリ女と買い目が被り、そして見事なまでに外れてムカついたからであることは言うまでも無い。
とはいえ、このまま終わってはウインズに来た意味がない。ここまでの収支は結局プラマイゼロである。幸い種銭はあるので、このメインレースで何とか家賃を稼ぎ出さないことには、どうにもならない。現状維持は負けなのである。
メインレースはダート1200mのオープン特別。このレースの一番人気は武豊騎手の騎乗する関西馬ラシアンベイビー。500万条件から準オープンまでブッチ切りの3連勝であっという間にオープンに上がってきた馬である。さすがにオープンクラスでは力関係が厳しいかと思われたが、直前追い切りの時計が尋常でなかったため、素質を買われて単勝3.0倍の一番人気に推されていた。
一方二番人気のイシゲクリーチャーは南関東公営の三冠競争の一つ、羽田杯を優勝した後に骨折し、その間に美浦の厩舎に転厩していた馬だった。二歳戦では確かに1200m、1400mで勝った実績はあるが、いかにも胡散臭い人気馬だった。三番人気のマイネルアスコットも2歳、3歳春にオープン特別を勝ったあとは善戦はするものの5歳の今まで一度も勝っていない馬で、非常に怪しい馬だった。
さて、このメンツを見回したとき、一番信頼できる馬は何か。文句無く、武豊の一番人気ラシアンベイビーである。関西のレベルの高い準オープンクラス、それもダート1200mで二着を0.4秒もちぎって楽勝したのだ。坂路の時計もオープン級のもので、昇級緒戦とはいえ十分信頼には足る本命馬だった。一方一番危険な人気馬は二番人気のイシゲクリーチャーで、南関東公営の実績と前走休み明けで、ダート1400mのオープン特別4着したということだけでは、二番人気は過剰すぎると思った。騎手の内田博幸がどう捌くかということもあるが、いかにも危険だ。
買い目は決まった。3番ラシアンベイビーを一頭軸に、イシゲクリーチャーを切って三連単相手5頭ボックスで60点買い6000円。これで来れば家賃は払える。今日一番の勝負にふさわしい馬券となった。
…だが、一つだけ気になったことがあった。それは、あのゴスロリ女の存在。確かに第7レースでは的中したが、あれは誰が買っても飛びようがないほどの銀行レース。ぶっちゃけ、競馬初心者のゴスロリ女でも普通に買えるような馬券だ。基本的に、あの女はそのレース以外的中をしていない。そして私は、基本的にはあのゴスロリ女の買い目を外して大きな損はしていない。
そう考えると、私はもう一枚マークシートを取り、今度はラシアンベイビーとイシゲクリーチャーを両方買い目に加えた三連複7頭ボックス35点張りを塗りつぶし、あのゴスロリ女の後ろに並んだ。
ゴスロリ女の買い目は、3番ラシアンベイビーの一頭軸マルチ。それもイシゲクリーチャーを外した相手5頭で60点張り。恐ろしいことだが、またもや私の買い目と被っていた。
これは、本当に真実なのだろうか?
こうも他人と馬券の買い目が被ることなど、あるのだろうか?あまりにも薄気味悪い。
だが、ここで大切なことは、冷静な判断だ。ゴスロリ女が選んだ買い目で馬券を買うのは、今の時点では自殺行為だ。そう判断した私は、自信満々で塗りつぶした三連単ボックスのマークシートを二つ折りにして破棄し、三連複7頭ボックスを計3500円、購入した。
結論から言おう。私は馬券を的中し、ゴスロリ女は外した。
一番人気のラシアンベイビーはスタートこそ五分に出たがダッシュが今一つで後方からとなり、内を突いて追い上げたが結局4着に終わった。そして、イシゲクリーチャーはキッチリ2着に残った。勝ったのは9番人気と低評価だった14番の関西馬キョウワバルキリー、騎手はなんと今日これ一鞍しか乗り馬のない飯田祐二騎手だった。新聞を見ても△二つしかついていないような馬だったが、過去5走がいずれも1.0秒以内の関西馬ということで、買い目の最後に加えていたのだった。3着も人気のマイネルアスコットだが、勝ち馬が人気薄だったので三連複は12430円をつけた。
これで最終レースの種銭ができた。あとは家賃代一直線だ。即座に私は換金に向かった。一方、ゴスロリ女は、しばらく馬券を見つめた後、静かに馬券をポケットに入れた。
ここまで無駄遣いをしなかったことも幸いして、私の財布の中身は当初の二倍近くに増えていた。だが、家賃を支払うためには少なくともこの2倍が必要だ。全てを決する最終レース。だが私には、自信があった。
最終12レースは芝の1600m。本命は4番のデュープロセス。この馬はスタートが速くないが、押して行ってハナにさえ立てればとにかくしぶとい。中山の芝1600mのコースはスタートしてすぐにコーナーを迎えるために外枠の馬は大きく距離損をすることが多く、内枠に入った先行馬が有利なコースである。にもかかわらず内枠には差し、追い込み馬が揃い先行馬はこの馬だけ。この条件で単勝7.2倍の3番人気はかなり美味しい馬券だ。ここで有り金全てぶち込んで単勝を買えば、当分金には困らないだろう。私は、迷うことなく4の単勝を塗りつぶし、1万5千円を突っ込む準備を完了して、マークシートを右のポケットに入れた。
だが、一つだけ不安なことがあった。それは、あのゴスロリ女の買い目だった。自分の視界から普通に見えるところにそいつはいるのだが、さっきからやたらに迷っているようだ。
とはいえ、もしあの女と本命が被ったら…そう考えると、私は途端に不安にかられた。こうなると、デュープロセスが2着3着に負ける馬券や、あるいは着外に沈む馬券も買わないといけないのかもしれない。先ほどまでの自信に満ちた感覚は途端に崩れ落ち、新しい穴馬を探さなければいけないという不安感に駆られるようになった。
そして、どうにか他の15頭の中から6頭に絞り、デュープロセスの単複を各5千円と、デュープロセスと残りの馬の三連複7頭ボックス35点、各200円計7000円を塗りつぶした二枚のマークシートを反対のポケットに忍ばせ、ゴスロリ女の直後に並んだ。
ゴスロリ女の買い目を見た瞬間、私の不安は的中した。女の買い目は4番デュープロセスの1着固定三連単相手6頭。合計30点3000円だった。この買い目は来ない、私は直感でそう思った。
問題は、どのように来ないかということだ。デュープロセスが何かに差されて2着3着に敗れるのか、デュープロセスは勝ったが紐が抜けるのか、あるいはデュープロセスそのものが3着にも入らないのか…問題はそこだ。
私は、いろいろなパターンを考え、その中から最善の結論を見出そうと、必死に頭のコンピュータを動かしていた。
「しかたないか…」
だが結局は、考えても結論は導き出せなかった。分からない時は、あらゆる可能性を考慮するのが最適だ。
女が馬券を買い終わった後、私は最初に記入したデュープロセスの単勝1万5千円のマークシートを二つ折りにして破棄し、左のポケットに入っていたマークシート2枚を突っ込み、合計1万7千円分の馬券を購入した。
「それでは中山競馬、最終12レース。…スタートしました!」
ゲートが開くと、きれいに揃ったスタートとなった。デュープロセスも序盤から押して押してハナを取ろうとする。
「よしっ!」
外から競ってくる馬もいたが、ここは内枠の利が勝った。最初の200mで先頭を奪った4番デュープロセスは果敢に逃げを打ち、早くも2馬身半とリードを広げた。
「先頭に立ちましたのは4番デュープロセス。これが行きまして早くも2馬身のリード。二番手は10番ナカヤマプリストル。三番手内から5番のミラクルキスが行きましてアナバーギフトが4番手です…」
勝った。
私は直感でそう思った。
「さぁ先頭は快調に飛ばします4番デュープロセスですが外から10番ナカヤマプリストル。その間にミラクルキスが居まして、おっとデュープロセスはここでいっぱいでしょうかリードが無くなって早くも3番手4番手と後退を始め…」
次の瞬間、ウインズ中のあちこちから、けたたましいばかりの悲鳴が響き渡った。
「おおっとデュープロセス故障発生か?ズルズルっと下がってしまって、あーっと何とシルクワイルドこれに巻き込まれて落馬競争中止だっ!これは大変なことになってしまったぞ!」
悪夢だ。
昨日と全く同じ光景だ。
昨日に続いて、今日も最終レースで、私の本命馬が故障を発生して競争を中止してしまったのだ。二日連続でこんなことが続くなんて、もう悪夢としか言いようが無い。
「先頭はこのままミラクルキス押し切りそうだ。外からは15番のサクラフラガナック、さらには11番のライジングヘイスト突っ込んだところがゴールだっ!勝ったのはミラクルキス武士沢騎手でした!」
デュープロセスは右前脚を完全に折ってしまい競争中止。その煽りを喰らって四番人気シルクワイルドも落馬競争中止。さらには一番人気のウタマルダカーポも大きな不利を喰らい、内枠を引いた人気の差し馬は全滅となってしまった。
5番のミラクルキス、11番のライジングヘイストまでは抑えてあるが、15番のサクラフラガナックは抑えていない。内の14番オコシノモノまでは買っていたはずなのに、やってしまった…
「ん?」
…そのはずだったが、良く見たら三連複7頭の中に、15番のサクラフラガナックも入っていたのだ。
「そうだったか…」
単勝三番人気のサクラフラガナックは、枠順のことも考えると危険な人気馬に思えたのだが、そういえばあのゴスロリ女の買い目には、14番は入っていても15番は入っていなかった。人気馬なのにゴスロリ女が切った時は、来る可能性が高い。そう思って、直前にシャーペンの背中の消しゴムで必死に14番を消し、15番を塗りつぶしていたのだった。
三連複の配当は4万2060円をつけた。払い戻し金は8万オーバー。私の今月分の家賃は、首の皮一枚で無事確保することに成功した。
そして、あのゴスロリ女は、しばらく馬券を眺めた後、静かにポケットに馬券を入れた。
私は途中でブラックニッカの瓶を一本と、インスタントの袋ラーメン5個入りパックを2つ購入した。お金があるときに食べ物と酒を買っておかないと、いつ何時一文無しになって生活ができなくなるか分からない。
スーパーの袋を手に水道橋から本郷の安アパートまで歩いて帰ってきた時には、すでに日は落ち、あたりは暗くなっていた。
「茜、遅かったじゃない。携帯はずっと留守電だし、一体どこで何をしてたのよ?」
「ごめんごめん。ちょっといろいろあって、出かけてた」
「もー、茜ったらまた家賃が払えなくなって金策してたんでしょ。何をやっているのか知らないけど、あんまり変なことに手を出したりしちゃダメだよ」
「ごめんねー」
私の数少ない友達が、心配して電話をかけてきてくれたのだ。もっとも、借金を申し込んでも私が返せるあてが無いことを知っているので、金づるとしては全く当てにならないのだが。
「そうそう茜、昨日貸した服だけど、どうだった?」
「服…あー、そういえば借りてたっけ?」
「何言ってんのよ。なんか良く分からないけど、突然服を貸してくれって言ってきたのはそっちのくせに、今さらすっとぼけてるんじゃないわよ」
「ごめんごめんー。結局着なかったけど、明日学校で返すわ」
「え、明日は日曜日でしょ。てっきり茜、アレ着てどこかに遊びに行くと思ってたから貸したのに、何訳分からないこと言ってるの?」
訳の分からないことを言っているのはこいつの方だ。私は、昨日土曜日に競馬をして負けて、今日も競馬をしてようやく家賃と生活費を捻出したのだ。それならば今日は日曜日のはずだ。
「別に今日明日でなくてもいいから、一度ぐらいは袖を通してから、返して欲しいな。茜、自分では気がついてないかもしれないけど可愛い服を着たら結構いけてると思うよ」
訳が分からず、私は壁を眺めていた。
そういえば、金に困ったときに、友達に変な服を借りて競馬に行ったら、なぜか勝てる。それも、前日に深酒をして酔っ払って、大抵肝心のその服の存在を忘れてしまっている時に限って、なぜか勝って窮地を脱するのだ。
私の目の前には、確かに友達から借り受けた黒いフリフリのドレスが、ハンガーに掛けられて吊り下げられていた。黒いレースのカチューシャも一緒に。
見覚えのあるドレスが気になって、私はドレスの隠しポケットをまさぐってみた。すると中からは、今日買っていたレースの、それも外れ馬券が10枚、きっちりと入っていた。
なんだか良く分からない。なんとなく奇妙な気持ちになって、頭の中がこんがらがってきた。
良く分からない。結果が判ると恐ろしいことに気づきそうで、考えたくない。こういうときは飲むに限る。私は、買ってきたばかりのブラックニッカの瓶のフタをあけると、一口含んで、そっと体の中に流し込んだ。
体の中に芳醇なウイスキーの香りが充満し、私は静かに、眠りの渕へといざなわれていった。
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「黒いドレスの女」採点・寸評
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1.文章力
70点
2.発想力
65点
3. 推薦度
90点
4.寸評
"馬券を買う側"から描かれた競馬小説。
筆者は競馬をやる人間ですが、細かいところが実に良く描けています。この作者さんも、恐らく相当の競馬(馬券)好きですね……馬券を購入した経験のある人なら楽しく読める作品です。
馬券は当てにいくだけではなく"切る"ことも大事だったりします。所謂消去法というもの。切って切って、残ったものから勝負する。適切に行うことが出来れば、的中の可能性が跳ね上がることになります。
そういう観点から見て、結果的にに消しの馬を教えてくれているゴスロリ女は主人公にとってまさに女神のような存在でしょう。一部ゴスロリ女の予想が的中していますが、そこもまたリアリティを感じさせてくれます。
ただ、最後は少し納得出来ませんでした。意味は分かりますが、何かスッキリしません……
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1.文章力
0点
2.発想力
0点
3. 推薦度
0点
4.寸評
なげえよwwwww 文字数10107とかどういういじめですか。
完全な趣味作品ですし、「字数 四千字程度を目安に」というのを大幅にオーバーしておりますので評価に値しません。
もし通りすがりのT先生と同一人物でしたら、つまらない投稿でいたずらに選考作品を増やすのはやめてください。既に二作品も投稿しているのに。
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1.文章力 10点
2.発想力 40点
3.推薦度 20点
4.寸評
このオチに持って行くのに、これだけの専門知識の羅列は必要だったのでしょうか?
私には、無駄に感じました。
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1.文章力 30点
2.発想力 70点
3.推薦度 25点
4.寸評
結論から言えば、オチは面白かった。意外性もあったし、納得もできて、読後感も悪くない。
しかし、長い。一万文字を超える文章の80%ほどは本筋に関係しているように思えない競馬の話。競馬に興味がない私としては、これを読むのはまさに苦行だった。こんなの常識でしょ? と言わんばかりに説明が皆無だったのが、それに拍車をかけているのだろう。いや、説明でこれ以上長くなったらそれもそれで問題だが。
競馬に詳しい人が読んだときにどう感じるかは分からないが、本編のほとんどがストーリー的には進展のない内容だという構成は、小説としてみても頂けない。また、その競馬の内容にしたって、私には盛り上がりのない淡々とした文章で退屈に感じてしまった。
上記のような構成のせいで、せっかくのオチにも冴えがなかったように感じた。フルマラソンの後に良くできた漫才を見せられても、疲労感のせいでうまく笑えない。そんな感じだ。
まあ、ここまでいくと作者も分かっていてやっているのだろうし、狙ってやっているのに真面目に口出しするのも無粋かもしれない。だが、正直読む方の身にもなってくれとも思った。100メートル走と銘打っている大会で、フルマラソンを走らせられるほど馬鹿馬鹿しいことはないのだ。
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1.文章力 40
2.発想力 30
3. 推薦度 30
4.寸評
競馬小説というのは初めて読んだが、とりあえず、物語として足りないものがあると感じた。
ストーリーが御座なり。ただ、筆者側の楽しさが見えて、それはよかった。
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各平均点
1.文章力 30点
2.発想力 41点
3. 推薦度 33点
合計平均点 104点