初出勤(作:和田 駄々)
今日は初出勤。一週間前に店先の募集広告を見て、その二日後に応募。採用が決定したのが今日から三日前の事だ。私にとって、コンビニでの仕事は初めてじゃない。高校生の頃に、別のコンビニで一年程夕方勤務をした事がある。だから夜勤は初めてとはいえ、レジとか品出しとか、一通りの事は教わらなくても出来るつもりだった。
流石に三十分も早く来ると、まだ今日一緒のシフトに入っている店長は来ていない。私はバックルームで煙草をふかして、防犯カメラに写るお客さん達を眺めていた。当たり前の事だが、夜は大抵お客さんは少ないのだ。夕方勤務の最後でこの程度忙しさならば、夜勤はかなり暇になるだろう。と、私は思った。
出勤時間十分前、とりあえず制服に着替え、小さな鏡でみだしなみを整えると、バックルームから店に出た。
「あ、おはようございます」
とは高校生らしい女の子。黒髪に眼鏡、とても真面目そうだ。
「お、新しい人ッスか! どもども」
こちらも高校生っぽい男の子。金髪にピアスと、世の中なめきってる格好で働いている。軽そうで、すぐ調子にノリそうだと思ったが、偏見かもしれない。
「おはようございます」
私は主に真面目っ子ちゃんに向かって軽くおじぎをしておいた。第一印象とは大事な物なのだ。
「よくここの夜勤する気になりましたよねぇ。すげえッスわ」
金髪ピアスがそう言った。気に触る声で、気にかかるその言葉。
「それ、どういう意味です?」
「え、いやほら、ここの夜は幽霊出るって評判じゃないッスか」
……え? そんな評判、初めて聞いた。しかし、この軽そうな男の事だ。
「いやいや、冗談ですよね?」
「本当ですよ」真面目っ子ちゃんだ。「数珠持ってきました? 無ければロッカーの方から取ってきた方が良いと思います」
真面目っ子ちゃんはすごく真剣な顔をしている。帰りたくなってきた。
「おはよ」
っと、いつの間にか店長が店に着ていたようだ。三十代半ばくらいの、コンビニの店長にしては比較的に若い男だった。よれよれの制服を着ていて、名札もつけてない。
「おはようございます」
何はともかく一礼。すぐ様事の真偽を確かめる。
「あの、ここ幽霊出るって、本当ですか?」
「そだけど?」
即答だった。むしろ、出るけど何か? という意味を含んでいる気がする。
「あ、幽霊とか駄目?」
「えっと、正直……」
私は視線を落とす。ニヤニヤするな、茶髪ピアス。
「あー大丈夫大丈夫。すぐ慣れると思うから」
何も大丈夫じゃないのだが、私は店長に促されるままに、バックルームから数珠を持ってきた。まあ、初出勤でいきなりやめるのもどうかと思ったし、それに幽霊が出るといったって、強盗のように金を要求される訳でもないだろう。冗談まじりにそう思い、制服のポケットへと一抹の不安と共に数珠を入れた。
「そいじゃ、お疲れ様ッス」
「お疲れ様でした」
夕方勤務の二人が帰っていった。店内には客も無く、店長と二人きりになった。なんとなく気まずいなと思った時、店長がドアの方へと行って、何やら「閉店」と書かれた看板を店の前に出し、それからバックルームに戻って、自動ドアの電源を切った。
「あの、お客さん入れないんですか?」
「あー……。まあ一般のお客さん呪われちゃうと困るしねえ」
サラっとすごい事を言った気がする。
「ちゃんと数珠手につけといた方がいいよ。前のアルバイトの子なんてさ、それ忘れてて」
そこで店長が口をつぐむ。
「……え、どうなったんですか?」
私がおそるおそる聞いてみると、店長は手と背筋を伸ばしながら、大きなあくびを一つ。
「さて、仕事仕事っと」
店長はバックルームにまた戻って行った。僅かに震える足を押さえながら、店内を見渡した。当然の事ながら、入り口を閉めてからお客さんは入ってきていない。当然、やる事などない。こう考えてみれば、楽なバイトかもしれない。そう考え直し、私は鼻歌交じりに商品の陳列を整えていた。その時、
「おーい」
と、しゃがれた声がする。明らかに店長ではない。私は急いでレジに向かうと、よぼよぼの老人がワンカップの酒をレジに出している。入り口を見た。きちんと閉まっている。
嫌な汗が背中をつー……っと伝って落ちた。目の前にいる老人は、目が開いてるのか閉じてるのかわからず、背中を猫みたいに丸めている。幽霊にしては、やけに存在感があるなぁと、最初はのんきにも思ったりしたが、いや、幽霊なはずは……などと混乱しながらレジを打った。
「あ、ありがとうございました」
そう言った瞬間、その老人は足元からスーっと消えてしまった。どうやら本物のようだ。
私は数珠をしっかりと握り締めた。どうやらここは、本気で幽霊の出るコンビニらしい。逃げようか、それとも店長に泣きついて昼か夕方にしてもらおうか、迷っている内に次のお客さんがきた。背の高い女、全身赤い服、ハイヒール、そして大きなマスク。どう見ても、あの都市伝説の常連さんだ。女性誌数点と、栄養サプリメントを買っていった。手の震えが収まらない。
その後も、何人かの幽霊がお客としてやってきた。左足の無い兵隊さんや、赤いちゃんちゃんこを着た女の子。落ち武者が発毛剤を買って行った時は、流石に吹きだしそうになったが、なんとかこらえた。その間中、店長はバックルームから一歩も出てこなかった。コンビニの店長という物は、幽霊よりも生きてるのか死んでるのか分からないくらいやる気の無い存在なのかもしれない。
例えお客さんが幽霊だろうと、何も危害を加えてこなければ問題は無い。なんて自分自身の心境の変化に若干恐怖しつつ、順調に仕事をこなしていく。
新しいお弁当とパンが着たからそれを並べて行った。もしかして配達の業者さんも……? と思ったが、普通の人だった。ちゃんと数珠を握っている。どうやら幽霊が出る事で有名という金髪ピアスの言葉は本当だったようだ。それを知らなかった私も私だが、何にせよこれはひどすぎる。
やがて夜も終わり、太陽が顔を覗かせた。待ちに待った終業時間だ。朝勤務の人がコンコン、と電源の切れた自動ドアをノックし、私は自動ドアの電源を入れた。
「お……おはようございます」
「あらー、新人さん? 顔、やつれてるわよ」
無理も無い話だ。一晩中幽霊を相手に接客していたなんて、普通の人生においてあってはいけない事だ。
バックルームに戻ると、いつの間にか店長の方が先に私服に着替えていた。私も慌てて制服を脱いで、上着をはおった。
「じゃ、初日からお疲れ様でした」
「あ、私今日で」
言いかけた時、店長が足元からスーっと消えていった。
終
流石に三十分も早く来ると、まだ今日一緒のシフトに入っている店長は来ていない。私はバックルームで煙草をふかして、防犯カメラに写るお客さん達を眺めていた。当たり前の事だが、夜は大抵お客さんは少ないのだ。夕方勤務の最後でこの程度忙しさならば、夜勤はかなり暇になるだろう。と、私は思った。
出勤時間十分前、とりあえず制服に着替え、小さな鏡でみだしなみを整えると、バックルームから店に出た。
「あ、おはようございます」
とは高校生らしい女の子。黒髪に眼鏡、とても真面目そうだ。
「お、新しい人ッスか! どもども」
こちらも高校生っぽい男の子。金髪にピアスと、世の中なめきってる格好で働いている。軽そうで、すぐ調子にノリそうだと思ったが、偏見かもしれない。
「おはようございます」
私は主に真面目っ子ちゃんに向かって軽くおじぎをしておいた。第一印象とは大事な物なのだ。
「よくここの夜勤する気になりましたよねぇ。すげえッスわ」
金髪ピアスがそう言った。気に触る声で、気にかかるその言葉。
「それ、どういう意味です?」
「え、いやほら、ここの夜は幽霊出るって評判じゃないッスか」
……え? そんな評判、初めて聞いた。しかし、この軽そうな男の事だ。
「いやいや、冗談ですよね?」
「本当ですよ」真面目っ子ちゃんだ。「数珠持ってきました? 無ければロッカーの方から取ってきた方が良いと思います」
真面目っ子ちゃんはすごく真剣な顔をしている。帰りたくなってきた。
「おはよ」
っと、いつの間にか店長が店に着ていたようだ。三十代半ばくらいの、コンビニの店長にしては比較的に若い男だった。よれよれの制服を着ていて、名札もつけてない。
「おはようございます」
何はともかく一礼。すぐ様事の真偽を確かめる。
「あの、ここ幽霊出るって、本当ですか?」
「そだけど?」
即答だった。むしろ、出るけど何か? という意味を含んでいる気がする。
「あ、幽霊とか駄目?」
「えっと、正直……」
私は視線を落とす。ニヤニヤするな、茶髪ピアス。
「あー大丈夫大丈夫。すぐ慣れると思うから」
何も大丈夫じゃないのだが、私は店長に促されるままに、バックルームから数珠を持ってきた。まあ、初出勤でいきなりやめるのもどうかと思ったし、それに幽霊が出るといったって、強盗のように金を要求される訳でもないだろう。冗談まじりにそう思い、制服のポケットへと一抹の不安と共に数珠を入れた。
「そいじゃ、お疲れ様ッス」
「お疲れ様でした」
夕方勤務の二人が帰っていった。店内には客も無く、店長と二人きりになった。なんとなく気まずいなと思った時、店長がドアの方へと行って、何やら「閉店」と書かれた看板を店の前に出し、それからバックルームに戻って、自動ドアの電源を切った。
「あの、お客さん入れないんですか?」
「あー……。まあ一般のお客さん呪われちゃうと困るしねえ」
サラっとすごい事を言った気がする。
「ちゃんと数珠手につけといた方がいいよ。前のアルバイトの子なんてさ、それ忘れてて」
そこで店長が口をつぐむ。
「……え、どうなったんですか?」
私がおそるおそる聞いてみると、店長は手と背筋を伸ばしながら、大きなあくびを一つ。
「さて、仕事仕事っと」
店長はバックルームにまた戻って行った。僅かに震える足を押さえながら、店内を見渡した。当然の事ながら、入り口を閉めてからお客さんは入ってきていない。当然、やる事などない。こう考えてみれば、楽なバイトかもしれない。そう考え直し、私は鼻歌交じりに商品の陳列を整えていた。その時、
「おーい」
と、しゃがれた声がする。明らかに店長ではない。私は急いでレジに向かうと、よぼよぼの老人がワンカップの酒をレジに出している。入り口を見た。きちんと閉まっている。
嫌な汗が背中をつー……っと伝って落ちた。目の前にいる老人は、目が開いてるのか閉じてるのかわからず、背中を猫みたいに丸めている。幽霊にしては、やけに存在感があるなぁと、最初はのんきにも思ったりしたが、いや、幽霊なはずは……などと混乱しながらレジを打った。
「あ、ありがとうございました」
そう言った瞬間、その老人は足元からスーっと消えてしまった。どうやら本物のようだ。
私は数珠をしっかりと握り締めた。どうやらここは、本気で幽霊の出るコンビニらしい。逃げようか、それとも店長に泣きついて昼か夕方にしてもらおうか、迷っている内に次のお客さんがきた。背の高い女、全身赤い服、ハイヒール、そして大きなマスク。どう見ても、あの都市伝説の常連さんだ。女性誌数点と、栄養サプリメントを買っていった。手の震えが収まらない。
その後も、何人かの幽霊がお客としてやってきた。左足の無い兵隊さんや、赤いちゃんちゃんこを着た女の子。落ち武者が発毛剤を買って行った時は、流石に吹きだしそうになったが、なんとかこらえた。その間中、店長はバックルームから一歩も出てこなかった。コンビニの店長という物は、幽霊よりも生きてるのか死んでるのか分からないくらいやる気の無い存在なのかもしれない。
例えお客さんが幽霊だろうと、何も危害を加えてこなければ問題は無い。なんて自分自身の心境の変化に若干恐怖しつつ、順調に仕事をこなしていく。
新しいお弁当とパンが着たからそれを並べて行った。もしかして配達の業者さんも……? と思ったが、普通の人だった。ちゃんと数珠を握っている。どうやら幽霊が出る事で有名という金髪ピアスの言葉は本当だったようだ。それを知らなかった私も私だが、何にせよこれはひどすぎる。
やがて夜も終わり、太陽が顔を覗かせた。待ちに待った終業時間だ。朝勤務の人がコンコン、と電源の切れた自動ドアをノックし、私は自動ドアの電源を入れた。
「お……おはようございます」
「あらー、新人さん? 顔、やつれてるわよ」
無理も無い話だ。一晩中幽霊を相手に接客していたなんて、普通の人生においてあってはいけない事だ。
バックルームに戻ると、いつの間にか店長の方が先に私服に着替えていた。私も慌てて制服を脱いで、上着をはおった。
「じゃ、初日からお疲れ様でした」
「あ、私今日で」
言いかけた時、店長が足元からスーっと消えていった。
終
↑(FA作者:通りすがりのT先生)
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「初出勤」採点・寸評
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1.文章力
85点
2.発想力
75点
3. 推薦度
95点
4.寸評
面白いです。
文章のリズムが良く、とても読みやすかったです。また、話もシンプルで疲れ気味の人にも分かりやすく、さらに短くまとめられてもいるのでありがたい限りです。
小説について色々ごちゃごちゃ言う人もいたり、また、どーすればいいのかとグツグツ頭が煮えてしまうこともありますが、こういう作品読むと「まー面白ければいいんよね」という結論に落ち着きます。
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1.文章力
100点
2.発想力
100点
3. 推薦度
100点
4.寸評
これぞショートショート!!恐怖感を混ぜつつ序盤から引き込む展開、テンポがよく主人公の対応に感情移入していく中盤、うまい!!と思わず口から出てしまうオチ、どれもお見事でした。
発想もなかなか思いつくものじゃありません。文学的にどうかは別にして、この作品は商業ショートショートに応募してもいいところまで行くのではないでしょうか。
名作度では人工庭師、ノートの中の彼女には劣ると思いますが、今回そんな採点項目はないので現時点で妖精の名と合わせて文句なくベスト4の一角です。
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1.文章力 60点
2.発想力 50点
3.推薦度 80点
4.寸評
可もなく不可もなく、というところですかね。少し物足りないとも感じました。数珠の設定をもう少し活かせれば面白かったかもしれません。
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1.文章力 60点
2.発想力 70点
3.推薦度 65点
4.寸評
文章は分かりやすく、幽霊が客としてくる時間帯があるコンビニ、という設定も面白い。しかし、どうもパッとしない印象を受けてしまった。
この話は一般的なショートショートの形式通りといった感じで、ラスト一文でオチが付く形だ。しかし、そこまでの話で幽霊というものをコメディタッチで描いてしまっているため、オチでの驚きが薄いのである。
序盤でこそ主人公は幽霊に恐怖を感じているが、中盤以降では幽霊に対して笑いをこぼしそうになる一節もある。日常品を買う幽霊には親近感が沸き、とても恐怖の対象と見ることはできない。そういった話はそれはそれでおもしろかったのだが、このオチに結びつけられてもインパクトがないな、と思ってしまった。
そのオチのキモともいえる店長の影が薄すぎたのも、驚きが薄かった原因の一つだろう。割とどうでもいいキャラのような扱われ方で、出番もセリフも少ない。一読者として、キャラクターの中で一番印象が強かったのは金髪ピアスだった。
描写関係で最後にもう一つ。この話、主人公の描写が全くといっていいほどなくて困った。大体の年齢すら書かれておらず、一人称も「私」なので性別も分からないし口調でも判断しづらい。これはあまりに不親切だと感じた。
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1.文章力 40
2.発想力 30
3. 推薦度 50
4.寸評
可愛らしい話。
読んでいて主人公が羨ましくなってしまった。
ただ店長云々は掘り下げていくと矛盾が出そう。そこが気になる。
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各平均点
1.文章力 69点
2.発想力 65点
3. 推薦度 78点
合計平均点 212点