闇からの呼び鈴(作:顎男)
*この作品はフィクションです。
実在する人物、団体、史実とは一切関係ありません。
繰り返しますが……フィクションです。
カンカンカン……。
カンカンカンカン……。
カンカンカンカンカン……。
うるさいなぁ。
僕はもそっと布団から起き上がった。寝ぼけ眼をこすることすら面倒くさい。
隣にいる彼女の肩をつんつんとつついた。ううん……と扇情的な声が返ってきた。
「いま何時……?」
「二時過ぎだよ」僕は答えた。
「いまなにか聞こえなかった?」
彼女はかすかに首を振った。
「知らない。眠い。もういい?」
「おい、なんだよ、冷たいなぁ」
それきり彼女が黙り込んでしまったので、僕は誰に向けるともなく肩をすくめて布団を被った。
明日も仕事だ。ちゃんと寝ておかなくては。
毛布の中で胎児のように丸まり眼を閉じた。
それにしても、なんの音だったんだろう。
溶けていく意識の中で、僕は気づいた。
踏み切りの音だ。
「踏み切りの音……?」
翌日、会社で同僚の只野くんに昨晩のことを話すと、彼はふんと鼻を鳴らした。
「それがどうしたんだよ。うるさくて眠れないってか? 俺が知るかよ」
ずいぶんひどい言い草をされて僕は少し凹んだ。
「違う。おまえ、もう何度かうちに来てるのにわかんないのか」
「なにをだよ」
僕はちょっと声を潜めた。タネを明かす手品師のように。
「うちの近所に、線路なんてないんだよ」
只野くんは黙り込んでしまった。見る見るうちに彼の顔は蒼ざめていった。
怪談話が苦手な彼にわざわざこの話を振ったのは、実はこれが目的でもあった。
「……聞き間違いだろ。カラスかなにかが鳴いたんだ」
「夜中の二時にか?」
「…………」
「なあ、煽って悪いけど、俺も怖いんだ。今晩うちに来てくれないか」
「い、いやだ。絶対にいやだ」只野くんはぶるぶると水気を払う犬みたいに首を振った。
「そんなことは土地くんにでも頼んでくれ」
「後輩に一人で寝るのが怖いから遊びに来いなんて言えるかよ」
「……。あ、そうだ彼女がいるじゃないか」
「来週から試験だから無理だってさ。冷たいもんだよ」
「試験……? 免許でも取るのか」
「バカ、期末試験だよ」
「ば、バカはおまえだ!」
只野くんは喚いた。その声に驚いて、周囲の同僚たちや上司が何事かと視線を飛ばしてくる。
僕はなんでもないよとばかりに手を振った。眉をひそめてボリュームダウンを命じる。
只野くんはとにかく不満そうだった。
「高校生と付き合ってるなんて……」
僕はははは、と笑った。
「中学生だよ」
只野くんはいよいよコメカミに血管を浮き立たせると、カバンの中から枕を取り出して机の上に置き、頭を突っ込んで眠り始めた。
僕もそれに倣った。会社の昼休みは短い。
結局、同僚の誰一人として僕の安全を守ろうという豪傑なる人物は現れなかった。
自宅から最寄の駅に降り立つ僕の心中は頭上の空模様と同じくらい曇っていた。
まあ、しかし、大したことではないだろう。踏み切りの音など。
只野くんの言うとおり、単なる聞き間違えか、夢でも見たか。
どっちにしろ、べつに死ぬわけじゃないだろう。
子どもじゃあるまいし、こんなことでくよくよしてどうする。
家に帰ったら麻雀でも打って気を紛らわそうかな、などと思い少し安らかな心地になった僕の目の前にバスがやってきた。グッドタイミング。
ようやく気分が上向きになりそうだ。
しかし、そんな僕の希望はタラップを登りきったところで終了した。
そこかしこで、すすり泣く声や。ぼそぼそとした呟きが聞こえてくる。
バスの中は、喪服の群れに占拠されていた。
「奥に進んでもらえますか?」
僕はハッと我に返った。
運転手に睨まれながら奥に進み、降車扉の前の吊り革を掴むとバスがゆっくり動き出した。
葬式か……。
僕はあまり近所づきあいをするタチではないので、恐らく見知らぬ人が亡くなったのだろう。
ふと横を見ると、大学生くらいの女性と眼が合った。彼女も喪服を着ている一人だ。
「あの……ちょっと聞いてもいいですか」
話しかけられるとは思ってもなかったのだろう、女性が不審そうな目で見てくるが、僕はなんとかそれに耐えた。
会話が成立する場さえ作ってしまえば、そんな視線も打ち止めになる。
「僕もこのへんに住んでるんで……どなたが亡くなられたのか、知りたいんです」
女性はやや躊躇するように目線を泳がせたが、やがて諦めたようにその名を告げた。
知らない名だった。
しかし僕は嘘をついた。
「ああ……何度か挨拶したことがある。そうか、亡くなられましたか……」
僕のいかにも沈痛なる表情を見て、女性のATフィールドはついにほつれ始めた。
「ハイ……優しい方で、知り合ったばかりのワタシにも親切にしてくださいました……。
それが……旅行先で火事に遭ってしまうなんて……」
「お気の毒に……。ところでそれは……」
「昨日のことです……アァ……」
女性はそれきり目を覆ってしまった。
僕は次のバス停で降りた。
おかしなことに、地面に降りた足は震えていた。
偶然に過ぎない。
冷蔵庫に残っていた最後のビールのプルを開けて一気に煽ると、僕はネット麻雀に集中した。
妙な音を聞いて、近所の人が死んだ。それだけ。僕にはなんの関係もない。
最近、只野くんの愚痴ばかり聞いて疲れていたんだ。きっとそうだ。
僕はマウスを動かしてロンボタンを押した。
対戦相手が『おいなぜ一発ですおい!!!111』と喚いた。いい気味だ。
『もう落ちます!!!111』
>鰐男さんが退席しました。
『今日はもうこれでお開きですかねー』
『え、もっと打とうぜ!』
僕はちょっと慌てた。時刻は一時過ぎ。せめて三時ぐらいまでは遊んでいたかった。
『あ、ごめん。リアル麻雀始まるから落ちるわ』
>スケアクロウさんが退席しました。
『ごめんなさい、仕事あるので私も』
>晴銀さんが退席しました。
僕は取り残された。
たった一人になった個室を畳み、結局PCの電源も落としてしまった。
もういい、酔いも回ってきたし不貞寝してやる。
僕は布団を敷いて電気を消した。
次に目を開けたら、カーテンから日が差していることを祈りながら。
カンカンカン……。
夢だ夢だ夢だ……。
カンカンカン……。
耳をふさいでも聞こえてくる……。
カンカンカン……。
なんで僕がこんな目に……。
カンカンカン……。
僕はとうとう布団を蹴り上げた。
恐らくいま鏡を見れば、目が血走っているだろう。
いい加減にしろ。僕は眠いんだ。
各駅だろうが急行だろうがブッ壊してやる。
サンダルをつっかけ、蹴破るようにして部屋を出た。
電車が走っていた。
僕の部屋はアパートの二階である。
ボロっちいが閑静な住宅街の隙間にあるその立地を僕はわりと気に入っていた。
そのアパートと、向かいにある一軒屋の間には当然ながら道路がある。
なければ家から出れない。
車一台がようやく通れるその道を、電車が走っていた。
割った竹の中を通る流しそうめんのようにスッポリと収まって。
流しそうめんと違うのは、流れているのが電車であり、そして青く発光しているということだった。
ホタルの放つ光を青く染めたらこんな色になるのだろうか。
僕は柵から身を乗り出して、呆然とその光景を眺めていた。
ふと、電車の中にまばらだが人がいるのが見えた。
顔を見よう、と思った次の瞬間、最後の車両がアパートを通過していった。
あとにはいつもの夜が残された。
扉にもたれかかり、僕はずるずるとその場にへたりこんでしまった。
もしもし……。
もしもし……。
大丈夫ですか……。
僕は目を開けた。光が僕の目を刺す。
「うっ……」
「あの、大丈夫ですか?」
視界を覆う霧が晴れると、目の前の人物の顔が視認できた。
「あなたは……昨日の」
バスの中で二言三言会話した女性がしゃがみこんで、僕を見下ろしていた。
「人が倒れているのが見えたので、確かめに来たらあなただったんです」
「そうですか……そいつはどうも。いてて……」
変な寝方をしたものだから、全身がひどく痛んだ。
もう十代の頃には戻れないな、と思うとひどく悲しくなった。
「いま、何時かわかりますか?」
女性は腕時計を見やった。
「10時半過ぎです」
「あー……会社もうダメだな。サボっちゃおう」
「え、いいんですか」
「ええ、いいんです。人の分までがんばってくれる素晴らしい友達がいるので」
僕は只野くんの顔を思い浮かべた。
僕がしつこく念入りになだめすかした結果、ようやく女性はうちで紅茶を飲んでいくことを承諾してくれた。若い女性ゲットだぜ。
いやいや汚くてすいませんねハハハ、などと言いながら紅茶を渡す。
女性は礼を言いながらカップに口をつけた。
それをじっと見つめながら、僕は内心でほくそえんだ。
昨日はあんな散々な目に遭ったんだ、これぐらいの役得があってもいいだろう。
げに恐ろしきは霊よりも人間……ってことだ。
「よろしければ、お名前を伺っても? あ、僕は真下と申します」
「ハイ……どうも……えーと……織……れす……」
女性の目がだんだん水盆に映る満月のように揺らめいてきた。
名字か名前かハッキリ聞き取れなかったが、まあいいだろう。
「実はね、織さん。
その紅茶には睡眠薬が入ってるんですよ。薬剤師の友人から都合してもらったんですがね……」
「ハハハ……ごじょーらんがうまいんれすのね……」
「ええ、うまいんですよ、嘘がね」
僕は織の衣服に手を伸ばした。
今はもう喪服ではなく、若い女性らしく動きやすそうなカジュアルなファッションだ。
「そういえあ……あのひとも……あの……しんじゃった……うう……あのひとも……
こないだ……へんなこといってたん……れる……」
「はいはい、そうですね」
思ったよりも脱がしにくいな、コレ。
「おかしいんれすのよ、このへんにあ……
ふみきりなんれ……ないろに……」
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「闇からの呼び鈴」採点・寸評
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1.文章力
80点
2.発想力
65点
3. 推薦度
75点
4.寸評
雰囲気は出てます。
描写はしっかりしているし、日常の中の非日常がよく表現出来ています。
ただ……オチがイマイチ。決まってるようで決まってない感じ。けっこういい感じなんですけどね、全体的には。
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1.文章力
40点
2.発想力
40点
3. 推薦度
30点
4.寸評
筆者の手落ちなのか、それとも私が馬鹿なのか、とにかく「分かりづらい」内容でした。また、ネット住民でないと理解できないであろう用語が散りばめられているので一般向けとは言えず、文章力と推薦度は低めにしてあります。(誤字も見受けられました)
発想も…踏切の設定やら何やらがごっちゃごちゃのまま終わった感があるので評価し辛いのでこのような結果となりました。
最後に一言。キャラや内容に普段の馴れ合いを含めると、こういった一般に向けた投稿作では失敗につながります。もう少し一般人を意識しましょう。
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1.文章力 30点
2.発想力 50点
3.推薦度 10点
4.寸評
正直、一度読んで見た所で、何がなんだか分かりませんでした。オチを言いたいがために、途中を蔑ろにしてしまった感じがします。伏線を引くのもいいのですが、読者にもうちょっと分かりやすく、簡潔に状況説明や、場面転換を伝えることも重要だと思います。読み返してみてもやはり、何が、どうして、どうなったのか、が靄の中にあるようでした。
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1.文章力 75点
2.発想力 70点
3.推薦度 80点
4.寸評
最初の、フィクションだと連呼する文はいらなかったのではないだろうか。ホラー番組の冒頭のようなものを連想させるが、むしろ安っぽくなってしまった印象を受けた。
全体的に短い段落でまとめられた一人称の文章は読みやすく、話もよくまとめられていると思うのだが、終わりだけが消化不良に思えた。
タイトルにもなっている呼び鈴の具体的な意味も、それを聞いてしまった主人公がどうなったのかも分からない。急に性犯罪者になった主人公のキャラ変わりも唐突で、その後すぐに終わってしまったため意味があったかも微妙だ。最後のセリフへ持っていくためだけの展開に見えた。
話の発想や文章力は悪くはなかったので、全体の構成をよく練ってみてはどうだろうか。
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1.文章力 40
2.発想力 40
3. 推薦度 40
4.寸評
雰囲気が好き。道具もまた同じ部類である。
しかしこのラストは頂けない。鮮明さが足りないのか。
嫌いではありません。
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1.文章力 (60)
2.発想力 (60)
3. 推薦度 (60)
4.寸評
前作に比べてショートショートらしいオチ付きの話ではありましたが、パンチが弱く、主人公の人でなしにも共感できる部分がありません。どうせならぶっ殺してくれたほうが爽快でした。
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各平均点
1.文章力 53点
2.発想力 53点
3. 推薦度 47点
合計平均点 153点