雪女(作:ハナハタミナミ)
冬の武蔵の国。
雪が降りしきるなか、道とは呼べないような山道を新斗という僧が歩いていると、強い妖気を感じ振り返り叫んだ。
「物の怪、出てまいれ」
新斗の後ろの暗い木陰に、たいそう美しい女がたっている。
冬だというのに白襦袢ひとつの姿。物悲しげな顔は雪より白い。
「雪女か?」と新斗は問うと、
「…はい…」そう雪女は答えた。
「なぜワシの後ろをつけておる。愚僧の命が欲しいのか?」
「……」
「どうした、用が無いなら立ちさるがよい」
雪女は静々と木立より出てきて、か細い声で言う。
「……聞いていただきたい事がございます」
「物の怪にも悩みがあるのか? 言えば聞く」新斗はそう言うと近くの切り株に腰を下ろした。
雪女は話を始めた。
「昔むかし、私は雪道に迷った二人の木こりを見つけました。
老人と若者でした。
しばらくすると二人は力尽き、雪に埋もれました。
雪女の定めに従い、老人は息を吹きつけまして殺しました。しかし殺したところを若い男に見られました。
見られたものは殺さねばなりません。それが雪女の掟です。
ですが、その若者はたいそう美しい顔だちをしておりまして、どうしても殺せずにいました。
しょうがなく……私の事を話せば殺すと申し渡して、彼の命を取らずにその場を立ち去りました。
ですが、私は若者の事が忘れられずにいました。
もう一度だけでも会いたい、その思いは募るばかりです。
私は一計を案じました。
江戸へ出る旅女のなりをして里におり、その若者と偶然を装い再会しました。
男は大層わたしの事を気に入ってくれ、『江戸に出ずにわたしの嫁になってほしい』と言ってくれました」
「その男の言葉に従ったのだな」新斗は懐から餅を出し、一口かじった。
「はい……
そして、一緒になり、子供も十人もうけることができました。小さな田畑を耕すだけの貧しい生活でしたが、幸せでした。
ところが雪の降るある夜でした。
子供を寝かしつけ二人で白湯を飲んでおりましところ、主人は私の顔を見て、自分が若い時分に会った雪女に良く似ていると申しました。
主人は禁を破ったのです……」
雪おんなは、恨めしい顔つきでそう言った。
「私は約束に従って、とり殺そうと思いましたが、子供の寝顔を見るとできません。父も母も無くてどうして生きていけるでしょうか。しょうがなしに、子供達に私の正体を言えば殺すとだけ言いふくめ、家を飛び出しました」
「ふむ」
雪女の声と吹雪が交じり合う。
「約束を破った主人も殺せず、さりとて、このまま雪に帰る事も出来ずに長い間この野をさ迷っております」
「主人を怨んでおるのか」
「もはや、怨んではおりませぬ。ただ、あの軽はずみな一言が残念でございます」
「軽はずみであったと思うのか」
「では、なんと?」
「貴様ら、物の怪は年を取らぬ。いつまでも娘のような姿の女がおれば、いずれ怪しむ輩も出てまいろう。噂が広まれば村だけの問題ではすまぬはず」
「では、主人は私を追い出す事を考えて」
「いや、そこまでは考えておらぬであろう。貴様に殺される覚悟であったろうな」
「しかし、それでは……」
「寡婦となったものは田畑を売り払い、国里へ帰るのが道理であろう。無理なく自然に郷を出る事が出来よう」
「……」
雪女の顔は何よりも白くなった。
「おそらく貴様の主人はそこまで考えておったはず。物の怪が考えておるほど人は愚鈍ではない」
雪女は何も言わずただただ虚空を見つめている。
「しかし貴様と同じ苦しみをその男も味わったろう。もう、許してやれ」
新斗がそう言うと突然、木々を揺らすほど猛烈にふぶいた。
慟哭にも似た風音が天を突き抜けいった。
一瞬だった。
新斗が伏せた目を上げると、雪女は消えていた。
雪が降りしきるなか、道とは呼べないような山道を新斗という僧が歩いていると、強い妖気を感じ振り返り叫んだ。
「物の怪、出てまいれ」
新斗の後ろの暗い木陰に、たいそう美しい女がたっている。
冬だというのに白襦袢ひとつの姿。物悲しげな顔は雪より白い。
「雪女か?」と新斗は問うと、
「…はい…」そう雪女は答えた。
「なぜワシの後ろをつけておる。愚僧の命が欲しいのか?」
「……」
「どうした、用が無いなら立ちさるがよい」
雪女は静々と木立より出てきて、か細い声で言う。
「……聞いていただきたい事がございます」
「物の怪にも悩みがあるのか? 言えば聞く」新斗はそう言うと近くの切り株に腰を下ろした。
雪女は話を始めた。
「昔むかし、私は雪道に迷った二人の木こりを見つけました。
老人と若者でした。
しばらくすると二人は力尽き、雪に埋もれました。
雪女の定めに従い、老人は息を吹きつけまして殺しました。しかし殺したところを若い男に見られました。
見られたものは殺さねばなりません。それが雪女の掟です。
ですが、その若者はたいそう美しい顔だちをしておりまして、どうしても殺せずにいました。
しょうがなく……私の事を話せば殺すと申し渡して、彼の命を取らずにその場を立ち去りました。
ですが、私は若者の事が忘れられずにいました。
もう一度だけでも会いたい、その思いは募るばかりです。
私は一計を案じました。
江戸へ出る旅女のなりをして里におり、その若者と偶然を装い再会しました。
男は大層わたしの事を気に入ってくれ、『江戸に出ずにわたしの嫁になってほしい』と言ってくれました」
「その男の言葉に従ったのだな」新斗は懐から餅を出し、一口かじった。
「はい……
そして、一緒になり、子供も十人もうけることができました。小さな田畑を耕すだけの貧しい生活でしたが、幸せでした。
ところが雪の降るある夜でした。
子供を寝かしつけ二人で白湯を飲んでおりましところ、主人は私の顔を見て、自分が若い時分に会った雪女に良く似ていると申しました。
主人は禁を破ったのです……」
雪おんなは、恨めしい顔つきでそう言った。
「私は約束に従って、とり殺そうと思いましたが、子供の寝顔を見るとできません。父も母も無くてどうして生きていけるでしょうか。しょうがなしに、子供達に私の正体を言えば殺すとだけ言いふくめ、家を飛び出しました」
「ふむ」
雪女の声と吹雪が交じり合う。
「約束を破った主人も殺せず、さりとて、このまま雪に帰る事も出来ずに長い間この野をさ迷っております」
「主人を怨んでおるのか」
「もはや、怨んではおりませぬ。ただ、あの軽はずみな一言が残念でございます」
「軽はずみであったと思うのか」
「では、なんと?」
「貴様ら、物の怪は年を取らぬ。いつまでも娘のような姿の女がおれば、いずれ怪しむ輩も出てまいろう。噂が広まれば村だけの問題ではすまぬはず」
「では、主人は私を追い出す事を考えて」
「いや、そこまでは考えておらぬであろう。貴様に殺される覚悟であったろうな」
「しかし、それでは……」
「寡婦となったものは田畑を売り払い、国里へ帰るのが道理であろう。無理なく自然に郷を出る事が出来よう」
「……」
雪女の顔は何よりも白くなった。
「おそらく貴様の主人はそこまで考えておったはず。物の怪が考えておるほど人は愚鈍ではない」
雪女は何も言わずただただ虚空を見つめている。
「しかし貴様と同じ苦しみをその男も味わったろう。もう、許してやれ」
新斗がそう言うと突然、木々を揺らすほど猛烈にふぶいた。
慟哭にも似た風音が天を突き抜けいった。
一瞬だった。
新斗が伏せた目を上げると、雪女は消えていた。
↑(FA作者:通りすがりのT先生)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「雪女」採点・寸評
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力
95点
2.発想力
75点
3. 推薦度
90点
4.寸評
新都社には少ないタイプの作者さんです。
文章に難は見られません。しっかり書けています。
物語も手堅い作りで、かなり熟練した作者さんであることがうかがえます。大人の小説ですね。
オチは極めてあっさりとしたものですが、この話に合ったものだと思います。
「慟哭にも似た風音が天を突き抜けいった」――良い一文です。「て」が抜けている気がしますが……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力
60点
2.発想力
40点
3. 推薦度
50点
4.寸評
文章は悪くないんですがただの短編ですよね…。どんでん返しや「実はああだった!」みたいな展開を期待していましたが盛り上がることなく普通に終わってしまいました。ただの会話で心が晴れるなら苦労はしないというか、日本昔話はそういやそういうノリだったかというか…。
もっと料理できるはずの作品です。物足りなくてしょうがない。また「ショートショート」のイメージと違う。 この辺を作者様には覚えておいて頂きたいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力 75点
2.発想力 60点
3.推薦度 65点
4.寸評
どうも私が釈然としないのは、僧が何も見ずともこれだけ語れるところにあるのでしょうか。夫の心情を把握しているような、もしくは雪女のために使った方便であるのか、そこらへんを汲み取れるような描写が一つあれば、説得力が増すように思います。
話の流れはとてもスムーズで、とても読みやすかったです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力 50点
2.発想力 30点
3.推薦度 30点
4.寸評
色々と展開に納得のいかない話だった。
顔立ちだけで気になったという夫に、過剰な期待をしていた雪女の心情はとても共感できるものではなく、その夫の性格に掘り下げがないために主人公の言葉にも説得力がない。
雪女が結局どういう結末を選んだのかも分からず、こちらに伝わってくるものが何もなかった。
文章自体や構成はちゃんとしてと思うので、もう少し話に説得力を持たせられれば良かったのではないだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力 50
2.発想力 50
3. 推薦度 80
4.寸評
文章に変な箇所が無きにしも非ず。
しかし心地よい物語でした。好きな作品です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.文章力 (70)
2.発想力 (60)
3. 推薦度 (90)
4.寸評
古風な文体と物語の調子が良く合っており、非常に読みやすいです。雪女の設定もきちんと纏められており、そこを中心にしてストーリーが無理なく展開しています。
僧と雪女のキャラクターもテンプレートではありますが、とても好感が持てました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
各平均点
1.文章力 66点
2.発想力 51点
3. 推薦度 63点
合計平均点 180点