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パラノイアテロリスト2/小旅行サイケデリック

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『やあ、水澄くん。スミスミー』
「……」
『ああ、そうか。ごめんごめん、そういう触れ合いみたいな物は君に入らないのかな? 判らないなあ、ああ、クスクスって感じで、あのさ。ちょっと一つ聞きたいんだけど』
「なんでしょうか」
『キミのお姉さん、家にいる?』
 何故、そんな事を聞くんだろうと初めは思った。しかし、刹那で理由がわかる。
 また、彼女の界隈でおかしい事が起きたのだ。日常から掛け離れる事のない、偏執病のような出来事が。もちろん、それは確定したわけではない、だけれど明智詩織の姉は多分そういったニオイを嗅ぎ分けるような異常性があることは確かだった。もしかするとそれは僕の姉のそばに居たから、ということもあるだろう。
「いいえ、いません」
 僕は正直に答える。
 それにしても、もし本当に何かが起こっていたにせよ、何故彼女が電話を掛けてくる事になるのだろう?
 そう疑問に思い口に出そうとすると、電話先の彼女はその質問を判っていたかのように、先回りして答えた。
『詩織がいなくなったんだ』

 :射影三枚目:




 夢を見ていた、悲しい男の子の夢。
 その男の子は、白い壁で覆われている一つの部屋に閉じ込められていて、一人で呆然と座っていた。
 私は、可哀想だと思う。その男の子は閉じ込められているだけなら、単純に閉じ込められているだけならば孤独を不幸だと感じる事も出来たというのに。
 その夢を見たのは今日で三回目。
 だから私は今後の展開がわかってしまう。焼き増しの夢、繰り返される夢。私の脳みそが何を言いたいのか判らない。
 映像はどんどんと進んでいく、白い壁だと思っていた物が妙なうねりを帯びていく。まるで波のように。
 次第にその波は高くなっていき、部屋の中央に座っていた少年の肩に円錐の波が伸びていく。そして、少年の肩に触れるか触れないかというときに白い波は五つに別れ。人の手を形どっていた。
 少年は感情を取り戻す。
 この夢は少年が閉じ込められた感情から再起する夢。
 しかし、少年が発露した感情は。
 喜びでもなく、悲しみでもなく。ただの狂気だったのかもしれない。
 私は、夢でさえ自分がわからない。
 驚く彼が見ていたのは、白い指をした私なのだから。



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 橙色の光が、私の体を上っていく。
 その様を見て暗い闇の中で私の体が横に倒れている事が判った。混濁した意識は現状を把握するまで時間を有する。ここはどこだろう、なんて素朴な疑問が出てくるまで私はぼうっとオレンジの照明が流れる景色を見ていた。
「ここは、車の中ですよ」
 声のするほうに振り返る。運転席に座っている人が見える、そして私は息を呑んだ。
 少年がいるのだと思ったからだ。
「あ、え?」
 戸惑い、言葉が詰まると目の前の女性は柔和な笑顔を浮かべる。この人は誰だろうと考えるより先に、私は何故ココにいるかということを思い出す。だから必然的に目の前の女性は水澄景夜の姉、カナメであることは間違いないだろう。
 自宅に彼女が尋ねてきたときの事を、思い出す。
 ドアのチャイムに促され、扉を開くと彼女はいた、そう何度も見ていない笑顔で私にこういったのだ。
「見せたい物があるのです、景夜くんのこれからのために」
 何故、私が水澄景夜のためにその姉から何かを見せてもらわなければならないのだろうか? しかも車で移動だなんて、いよいよもってこの水澄という家の人間は頭がおかしいらしい。何故車で移動しなければならないようなものを私に見せる必要があるのか?
 大体、私と水澄景夜の関係というのはそこまで深い物じゃない。
少し、ああ、少し色々あった程度の関係だ。
 だと言うのにこの姉は私を連れてきて、攫って。どうしようっていうんだ。
 なんて、言い訳がましいことはやめよう。
 そもそも、何か不満があるわけじゃない。車でどこか連れて行ってくれるというのであれば、例え理由がなんにせよ気分転換にはなるわけだし。もちろん、自由意志でここまで連れて来られたのだ。行きたくないのなら、遠慮しておきます。の一言でどうにかなったわけだしね。
 だから、これは私の気持ちの不満。
 まるで、私が水澄景夜という人物に対して必要以上に知りたいという感情を持っている事を。包み隠したかったという過程の話。
 自由意志ねえ。後出しじゃんけんは好きじゃない。
「それよりも、良く寝られていましたね」
「え? ああ、そうですか。いやあのすいません、寝ちゃって」
「いいのですよ。アナタのような可愛い人の寝ている姿が見られて嬉しいですよ」
 良く判らない事をいうものだ。私は社交辞令にははは、と笑って見せる。
 少しまどろむ意識の中で、私は次に出す言葉を考える。
少しの間、静寂が車内に流れた。
「行く場所の事が気になるのですか」
 まるで、人の気持ちを読んだように言葉を出した彼女は表情を読ませてはくれず、寧ろ私は驚いたような顔を見せてしまう。もちろん運転をしているわけだから、彼女から私の表情なんて見えるはずもない。だけれど、彼女なら多分こちらを見ていなくても、私の表情くらい読んでしまうだろう。
「実は、私嘘をついていたのです」
 そして彼女は、とんでもない事を言い出した。
「え?」
「今日のことは景夜くんなんて、関係ないのですよ」
「え、え?」
 私は言葉と体を使って、疑問符を強調させる。
 どういうこと? ってな感じに。
 すると、その姿が横目に見えても可笑しかったのか、カナメさんは笑いながらことの経緯を話し始めた。
「いえ、実は唯のバイトなのですよ。貴方をお誘いしたのはどうしても人が足りなかったので、景夜くんをダシにして貴方を誘ったという事です。まさか物の見事に釣れるとは思いもしませんでしたが」
 そういって、彼女は笑う。
 笑われている私は、笑うことが出来ない。
 つまり、え? どういうこと?
「貴方はよっぽど景夜クンの事が気になっているのですね、姉として弟がモテるというのは嬉しい物ですね」
 え、何? ってことは、私あれ、釣られたってこと? 
 まどろんでいた意識も一気に覚醒して急に羞恥が沸きあがってくる。行水中にイキナリ過去の恥ずかしい写真が舞い降りてきたときの心境に似ている。
しかも、なに? 気になっているってバレたっつーかそうなの?! 私!?
「ち、ち、ち、違いますよ!」
「何が違うのですか」
「す、好きじゃないですよアンナヤツ!!」
 実の姉を目の前にして、私は景夜くんのことをアンナヤツといってしまう。まあ、なんて失礼な奴なんでしょ。と、冷静な頭がそんな突っ込みを入れるが私自身はテンパッていてそんな事を汲んでいる余裕はない。かわりに
「好きかどうかまでは言っていませんよ」
 とその姉に返されると、私も強くはいえなくなる。だから黙っていると、呼吸を忘れてしまってどんどんと頭に血が上っていって赤面していくのが自分でもわかる。いやいやいや、そんな筈はないだろう、私!
「わかりやすい人なのですね」
 わかりやすい人って、どういうことだよ。なんだ、私。景夜くんのことが好きなのか? え? 好きなのかよ! と今度は頭から突っ込んでみるけれど、答えは出ない。そらそうだ。
 彼と知り合ったのはまだ、夏にもなっていない梅雨の時期のことだった。
今考えるとまだ二ヶ月も経っていないことの話である。思い出される彼の顔なんて、そんな印象的なものは多くない。
だけれど、何故だろう。こんなに胸がざわめき立つのは。
 いざ、好きなのか好きじゃないのか問われると、私だって考えてしまう。
嫌でもあの男の子のことを、考えてしまう。
「そ、そんなことより! バイトってなんですか」
 話題を逸らすために、手前の気になる話題を拾い上げる私、どう考えても必死なのだけれどこの際仕方がない。
「ああ、バイトの説明ですね。簡単なバイトです、ちょっと三日間ほどお時間を頂きますけれど」
「三日って、」
「三日間拘束という事です」
 うん? 三日拘束?
 良く判らない話に途方もない顔をしていると、フォローをいれるようにしてカナメさんは喋りだす。
「私の大学で専攻している心理学のちょっとした実験ですよ。その助手を貴方にしてもらいたいという事なのです」
「あのー話が飛躍しすぎててちょっと訳がわからないのですが」
 というか、半分拉致られて三日間拘束ってどういうことだよ。つーか、大学生の助手が高校生でいいのか? そこがまず疑問。なのだけれど
「丁度、お休みでしょう?」
 ちょっと的から、いや、だいぶ的の外れた事をいうカナメさんに多少頭痛が走る。この人に倫理観という言葉は通じないのだろうか。
「いやいや、それは休みですがそろそろ試験が近いって言うか」
「お手伝いしますよ、試験くらい。その程度のアフターケアはしっかりしています」
 いや、まあそら嬉しいけれど。頭のいいカナメさんに試験の面倒を見てもらうとなれば此れは百人力だし、もしかすると学年始まっての全試験百点! なんてこともありえるかも知れない。というか、この人私の学校の先輩だからカナメさん自身が既にやってのけている可能性は非常に高い。
「いや、そういうことじゃなくてですね」
「倫理観のお話ですか?」
 理路整然とそんなことをいう運転手。
 役割にしてはヤクザに近いのが笑えない。
「そうです、急に拉致られて、そんなバイトなんて」
 というか、私にだって予定はある。確かに暇な学生をしているし、友達だって極端に少ないのは認めるが、急に三日間予定を掻っ攫われるほどに人形のような暮らしをしているわけではない。
 睨むようにして、彼女に抗議を告げると
「そうですか」
 と、嫌にカナメさんはあっさりと引いた。
「では、残念ですが別の人にこのバイトを譲るとしましょう」
「そうしてください」
「はい、すいませんでした。こんな所まで連れて来てしまって」
 そういえば、この車はどこにひた走っていたのだろう。こんなに人気の少ない早く広い道路。どう考えても高速道路だろう。ということはどこか別の地方に向かっていたということになる。
「そういえば、バイトってどこに向かうつもりだったんですか?」
「ちょっと、秋田の方にですよ。私の別荘があるのです」
「別荘!?」
「ええ、まあ仕事といいますか研究のためのアトリエになっていますけれど」
 別荘かあ、行ってみたいなあ。
 ……いやいや、そうじゃないだろう。私。
 さっきバイトを断ったばかりなのだからそんな事に気を取られてはいけない。
うん、帰ったらクソして寝るんだ。私。
「興味がありますか?」
「い、いえ、ないですよ。そんな」
「すこし、遠くまで来てしまったので帰り道は長くなると思いますが、ごめんなさい」
 さーっと流れていく看板に東北自動車道という文字が見えて、私は本当に秋田に向かっていたことが判る。うーん、もうここまできちゃったんだし、バイトしちゃえば? なんていう甘い心のうちが見えるが、うん。この姉はあまり得意じゃないのだからいいのだ、なんて言い聞かせる。
 しかし、運の悪い私は後々後悔することを彼女に聞いてしまう。
「ちなみに、どんなバイトだったんですか」
「バイト内容は至って簡単ですよ三日間ある部屋で生活してもらう事。そして映像を見てもらうことその二つです」
「え、それだけですか?」
「それだけです、ああ、そうそう忘れていました」
 聞き返したものの、ここまでは普通の内容。
 そして忘れていたという次の言葉が、悪魔の一言。
「ちなみに謝礼は十万円です。三日間拘束ですからね、言い値でもいいのですけれど最低その額になります」

 うん、休みはバイトで決定。
 

15, 14

  

 


 2



 秋田の別荘に着くまでの道中、観光らしい事は一切しなかった。寄った場所と言えば、トイレ休憩のサービスエリアが二回。もちろんお土産なんぞを見せてくれる余裕もなく、すぐに出発と言う強行スケジュールだったので、私の不満は募りに募る。
 まあ、もちろん、バイトなワケだし期待はしていなかったのだが、それでも少しは遊びたいなあなんて感慨が沸かなかったわけじゃない。しかもだ。
「なんで御飯がガストなんすか」
 珍しくもないファミリーレストランの硬い椅子に座りながら私の不満はついに爆発する。ちなみにどの辺が爆発したのかと言うと、敬語をいい加減に理解した運動部の口調のようになってしまうくらい爆発していた。些細な違いかもしれないが、私にとっては結構な爆発具合である。
 東京でも地方でも変わらない店内に辟易する私に、目の前のカナメさんはメニューを眺めながて後こちらを一瞥し
「地方の郷土料理の方が良かったのですか?」
 と、そんな事を言う。
 まあ、バイトの身だし? 私だって御飯が出ることに文句があるわけじゃない。だから、ここは気を使って
「はい、秋田料理が食べたかったです」
 言えればいいのだけれど、そんな空気を読む力は私にない。爆発してるしね。
「正直で気持ちがいいですね」
 そうカナメさんは笑顔で答えると、注文ボタンを押し店員を呼び出した。

 注文を終えて、御飯を食べ終わると少しの食休みをはさみつつ、カナメさんとの面談が始まった。
 面談をすると聞いたのは秋田についたくらいのことだったのだが、簡単にいうとこれから始まる実験の身体調査も兼ねているらしい。アレルギーがどうたらという事を聞くのだろう。そう思っていたのだが、どうやら違うようだ。
「私がこれから聞きたいのは貴女の事ですよ」
「よく、言っている意味がわからないのですが」
「今回の実験ですが、先ほども申しました通り心理学に基づく実験です」
 道中に話題のなかった私は、やりきれない車内の雰囲気を打破するためにカナメさんからある程度以上の実験内容を聞いていた。これから私が現地でどんなことをするのか、また、その実験によってどんな効果が得られるのだろうかの推測さえも。頭の悪い私でも、その実験に私の心理状況が深くかかわってくることはわかっていた。だけれども、いや、だからこそ。今カナメさんの言った『私のことを聞く』という面談の内容は少しずれているように思う。
「だったら、カナメさんなら知っているでしょう? 私のことなんて、聞くよりもわかっていると思うんですが」
「それでも、『聞く』というのは、実は大切な役割があるのです」
「そうなんですか?」
 カナメさんは、手元にある資料を一つにまとめ机に置くと私の目を見つめる。彼女の眼球が良く見える、彼女の顔のパーツの中でまるで、彼岸花の赤色と椿の葉の青々とした緑が混ざった毒々しい色をしていた。
「例えば、そうですね。貴女が何かの事件の犯人だったとしましょう」
「例えが物騒ですね」
「そして、あなたは現場に何かの証拠を置き去りにしてしまった」
「酷く間抜けですね、私」
「だけれど、警察の私はその証拠に気がついていない。だけれど、貴女が現場に訪れていることを知っている私は聞くのです。『もうそろそろ、犯人が捕まりそうだ。現場に遺留品が見つかった』と」
 カナメさんは真っ直ぐな瞳で私に、説明をする。言葉なんか入って気やしないのだが、それでも心臓を掴まれた気分になるのは、心理学のせいなのだろうか? いや、単純に彼女の言葉が、悪意がそうさせるのだ。そう、納得しないとまるで能面を被った鬼に出会ったような怪奇な想像が止まらなくなってしまう。
「荒唐無稽な事を聞くんですね」
 おどけた様に私が言うと、カナメさんは眼の緊張を解かせ、柔らかい表情になった。
「アクティブフェイズというらしいですよ、こういうのは。まあ、フィクションなのですが、それでも相手の心理を揺らがすには十分な戯言でしょう? 聞く、確認作業というのは質問をされる側、または告げる当事者の言うことが例え嘘でも、何かしらの反応を見せることがある。と言うことです、臨床に携わるものの洞察力が光る場所ですよ。受動的能動的どちらにしても、質問をして答えると言うことはそれだけでその人間の心の形を浮き上がらせますから」
「つまり、嘘も人の形ということですか」
「そうなりますね」
 本来、嘘と言うのはその人間の形、心理を隠すためにある。単純に受け取りさえすればだが、ということなのだろう。だとすれば、嘘をつくことで、人間の心の形が露呈してしまうのなら、自身を包み隠すために、嘘なんてつかないほうがいいのだろうか。いや、それは違うように思う、単純に素直に生きているのなら、それほど簡単な人間はいないからだ。
「嘘って、すごくリスクが高いんですね」
「嘘をついて生きたいのですか?」
「そういうわけではないですけれど、なんだか、嘘をつくことで知られたくないことを知られていくようで」
「嘘をつくことは、何も悪いことじゃないのですよ。人は人の形を知ってもらうために嘘をつくことのほうが多いのですから。むしろ、困るのは極端に嘘をつかず生きていく人間のこと」
「え?」
 先ほどまで、考えていたことをまるで読んでいたかのように彼女はそんなことを言う。
「嘘を絶対につかない、と言うことはつまり誰からも好かれたくないと言うことですから。人との関わりを、労わりを、失う人間こそ怖いとは思いませんか?」
 思わず、私は黙ってしまう。
 確かにそうだ。
 人と関わる事をやめるように、達観したかのように、嘘をつくことをやめた人間はもう社会を諦めた一つの生き物だ。人は生きているうちにどうあれ、嘘をつくことになる。些細な嘘であってもつかなければ、人に好かれる事はない。もちろん、口を噤む事だって嘘をつかないという方法の一つにはなるだろう。しかし、カナメさんの言っている、嘘のつかない人間と言うのは、たぶん酷く自分に素直で、嘘を付かないからこそ利己的な人間のことを言っているのだ。
「でも、いないわけじゃない」
 そう、私が言うとカナメさんは少し驚いた表情をして見せた。
「その通りです、高校生にしては切り替えが早いのですね」
「切り替えだけが取り柄ですから」
「そうですか、ではおしゃべりも過ぎたところですし、切り替えて面談のほうに参りますか」
 そうしましょうか、座りなおした所でピリリと高い携帯の音が鳴る。こんな標準の着信音は私の携帯じゃない。ということは、
「どうやら、景夜くんみたいですね。ちょっと出てきます」
 そういってカナメさんは席を立つ。


 そして、私は気が付かない。
 カナメさんが、電話に出る前に。
 カナメさんが、席を立つ前に。
 カナメさんが、携帯を持つ前に。

「せっかちだなあ」

 と、口角を上げていたことに。
 私は気が付かない。

 私は、気が付かない。
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柿ノ木続木 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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