03.プラス50の稼ぎ方
トップを切った天馬は、潔く次の半荘から退いた。まだ余裕があるとはとてもいえない、ラスを食えば元の収支に戻るのだ。
ちょうど壁際に座って観戦していた白垣の隣に腰掛ける。
「見てたぜ。いいカモりっぷりだったよ」
「何いいやがる。こんなんじゃ足りねえよ、ハコテンにしなくっちゃな。――それより、あいつはおまえの知り合いか」
「あいつ――ああ、烈香のことか」
ショートヘアの少女は別卓に移って連戦している。その卓には三村の姿も見えた。
「レッカ? 変わった名前だな」
「十六夜烈香。可愛いだろ。僕んちの代打ちなんだ」
金持ちの中には、自ら選りすぐったギャンブラーを対戦させあって喜ぶ手合いがいる。闘犬やポケモンバトルと似た心理であろう。
「おまえんち、そんな遊びやってたのか」
「親父がね、気狂いだから。僕は彼女から麻雀を覚えたんだ」
「へえ――」
「興味が湧いたかな? 話しかけてごらんよ」
「気が向いたらな」といって、天馬は烈香の打っている卓の方にいった。
まだ勝負が始まったばかりということもあって、あまり打ちたがらない面子や、人数が減っていないため打てずにあぶれた面々が壁際に並んでいた。その中のひとりに、天馬は気安く手を挙げて近寄った。
「よう。見てたぜ、さっきトップ取ってたな。おめでとう」
ほくろがボコボコにされた時に別卓で打っていた少年は、怪訝そうに天馬を見返した。
「どうも。あんた、馬場天馬だろ。知ってるよ、いじめられっこ」
「もうだいぶ前の話なんだけどなそれ……まァいいや」天馬は親しげに少年に擦り寄って耳打ちした。
「な、退屈じゃねえか。半荘ただ見てるだけなんて飽きるじゃねえか」
「まァね。でも仕方ない。手積みでやるわけにもいかないし」
「そうだな、でもあんまりケンばっかしてるとツキが逃げるからな、賭けをしようぜ」
「賭け」と少年は呟いた。「外ウマか」
外ウマとは、観戦者同士で対戦者に張ることを指す。天馬がにっこりして頷いた。
「そう、いい暇つぶしになるだろ」
「一口いくらだ」
「一万――」それを聞いた少年が顔をしかめた。
「お互いさっきトップを取ったんだ。負けたって元っこさ。それより、とっととプラス百を超えて楽になろうぜ。五十ばかしの浮きはラス食ったら飛んじまう」
麻雀は持ち点二万五千、返し点三万点のところが多い。清算方法は簡単にいうと、終局時に三万点からいくら浮き沈みしているか、その差額が勝ち負けになる。たとえばハコテンになれば三万点返さなければならないところを三万点足りないから、マイナス三十(千点を一とする)。
天馬が五十といっているのは、ハコった時、四位は順位点としてマイナス二万点を追加されるためマイナス五十になるからである。かといって一位の浮きが五十になるかといえば二位に払う分があるため単純にはいかないのであるが、ここでは概算として述べているのであろう。
「ツモ!」声をあげたのは三村だ。「四千オール」
「馬場、おまえのいう外ウマは、俺が先に誰に賭けるか決めてもいいのか」
「仕方ねえ、いいよ、申し出た方が弱いからな」
「よし」少年は頷いた。「三村に一万」
「受けた。じゃあオレは」天馬は卓をちらっと見やった。「あのショートヘアの女の子に一万だ」
二人はわけもなく正座になりその対局を見守っていたが、オーラス、烈香があっさりと六千オールをツモって大まくりした。
「くそ、馬場、ついてやがるな」
「はっはっは、あの四千オールは神様がおまえをハメようとした罠さ。オレにはそれがわかっただけよ」
赤ドラありの麻雀ではタンヤオピンフにドラが三つあればツモってハネ満である。四千オールは実際、それほどのリードでもないのだ。
「いってろ。持ってけ泥棒」
少年は吐き捨てて烈香と入れ替わりに卓に座った。天馬もそろそろ出陣するかと腰を上げかけたが、ぐいっと横から二の腕を掴まれて部屋の外へ連行された。
「何すんだ十六夜、いてえだろ」
「どうして私の名前を――」そこでハタと烈香は目に賢しい光を宿した。
「真に聞いたのか。あのバカ、ぺらぺらと」
「代打ちさんなんだってな。怖い怖い。あんたとは打ちたくないね」
「おまえ確か、馬場とかいったな――」どうやら彼女は天馬たちの外ウマのやりとりを聞いていたようである。
「私はここに麻雀を打ちにきたんだ。外ウマなんかやるんじゃない」
「そんな決めはないぜ」
「麻雀で勝てないとわかったら、おまえの真似をして外ウマで稼ごうとするやつが出てくる。そうしたらいつまで経っても弱いやつが殺せない。私は強いやつとだけ打ちたいんだ。素人麻雀はごめんだ」
「なるほどね、そういうタイプか」天馬はにやっと笑った。「あんたサンマとか嫌いだろ」
「なんでわかるんだ」
「顔に書いてあるぜ。洗ってきな」
「貴様――」
「ま、いいよ、負けてやる。もうしない。財布に余裕ができたからな」
天馬は乱暴に掴まれていた腕を振り払うと、和室へと戻っていった。
白垣が例のにやにや笑いを浮かべて待っていた。
「面白い子だろ。今回のダークホースさ」
「おまえ、あんな代打ちがいるなら、自分で打たなきゃいいじゃないか」
「何いってるんだ。それじゃつまんないだろ」
「どいつもこいつも――」言葉とは裏腹に、天馬の口元は柔らかく緩んでいる。
「バカばかりだな」