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04.落ち目を潰せ!

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 天馬はじっと壁際に座り込んで、周囲を見回していた。
 二万円ほどあっさりと浮かしたが、これは通過点でしかない。そもそも天馬は小遣い稼ぎにやってきたわけではなかった。だから、もし道端に落ちていたら喜んで拾ったであろう数枚の札になんの感情も起こさなかった。
 半荘のたびに喜ぶもの、悔しがるもの、いろいろあったが、その中で天馬は負けている上で薄ら笑いを浮かべているものがいる卓に選んで入った。成績は浮いたり沈んだりと一定しなかったが、薄ら笑いは必ず負け組だった。落ち目だからだ。
 流れというものは存在する、と天馬は思う。偏りといってもいい。
 たとえばサイコロを六回振ったとする。一から六まで出るときもあれば、すべて六が出たり、偶数だけだったり、なんにせよ大人しい結果ばかりというわけではない。
 これを麻雀に当てはめてみる。四人全員がツイているパターンをAとする。それぞれひとりがツイている状況をB、C、D、Eと振る。また二人がツイていて残りが時化ている局面もあるし、三人が高打点で争いまくりひとりだけテンパイもままならず頭を伏せていることもある。
 こうしてみると、運が平等だ、などとはいえなくなってくる。長期戦ならばもう少し平らになってくるのだが、短期戦ではそのままの流れのまま押し切られてしまうことも多い。その流れをどこで振り切るか、というのも麻雀がこうも不動の人気を誇る一因であろう。
 そして天馬は、長期戦にもつれ込んで落ち目が復活してしまう前に、とっとと潰してしまうことに決めた。
「ロン――。千点」と南二局、天馬が手牌を倒した。
 落ち目の薄笑いが深くなる。
「ひどいな、最後の親だったのに――」
「そうかい、悪かったな。アガればいいと思ってさ、麻雀なんて」
 まるで何も考えていないような顔をして天馬は打っていたが、その奥では様々なセオリーと現状を照らしていたのである。
 その半荘も天馬はトップを取った。三位で終わるか、と覚悟していたのだが、オーラスで落ち目が天馬の赤入りホンイツチートイツの西単騎に振り込み、黒棒数本差でトップを掠め取ったのである。これも、例のごとく捨て手のつもりが出来上がってしまった手であった。
 薄笑いはしばらく身動きひとつしなかったが、やがてぽつりと、ないよ、といって財布を卓に放った。天馬が逆さに振ると、底の方にたまっていたカスがぽろぽろ零れた。
 ちょうどその卓には三村の取り巻きの茶髪と丸刈りチビがおり、一気に不穏な空気が卓を覆った。初の不払い発生に、外野がひそひそと囁きあった。その中には、揉め事を心待ちにしているような高揚も見られた。
「ないよ、じゃないだろ。なんとかしろよ」と三位のチビが喚く。薄笑いは疲れたようにため息をつくだけだ。
「遊びじゃないんだぜ、これは――」と胸倉を掴みかかったチビの手を天馬は払った。
「まァ許してやろうよ。今のホンイツチートイはひどすぎたからな」
「は――?」
「おまえ三位だろ。ちょうどおまえの沈みが二位の浮きだから、とりあえず茶髪――ええと、芳野に払っとけ」
「おまえの取り分はどうするんだ」
「忘れてやる」薄笑いが顔を上げた。
「その代わり金の貸し借りはなしだ。出て行ってもらおう。ま、面白く遊べたと思って諦めなよ」
 薄笑いはふらつきながら席を立った。
「一度も浮かなかったんだ。こんなことってあるかい」
「ルーレットで黒しか出ないこともあるさ。気にすんな。また打とうぜ」
 またな、と手を振って薄笑いの背を見送り、天馬はぐっと拳を作った。
 こうしてひとり完全に潰して叩き出せば、もう浮きあがって逆襲してくることはない。
 次にあの薄笑いが半荘打てば、やつがトップを取ったのではなかろうか。もう誰にもわからないことだが、天馬はそう思った。またそう思う自分を信じた。
(弱いやつから削っていこう。そうじゃなけりゃ結局、金は全員の手元をぐるぐる回るだけだ。誰も勝者になんかなりはしない――)
 天馬はちら、と十六夜烈香を見やった。彼女は常に他者の打ち筋に注目しており、その中から気に入った相手と打ち合っているらしい。落ち目ばかり狙う天馬と同卓することはもうほとんどなかった。
(オレはやつとは違う闘い方をする。だが、オレの方が弱いとは思わない。これがオレのやり方だ。そしてあいつは、あいつのやり方を貫けばいい)
 人は好き勝手に生きて、同じように死んでいくべきなのだ。天馬は立ち上がり、新たに欠けた卓を自分の身体で埋めた。
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