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第1話「そんな旨い話が在る訳ない(前)」

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 『警告。ミサイルが接近中』
コックピット内に鳴り響く警告音。
しかし、『彼』はそれを無視して前方へと突進を掛ける。
機体の移動に合わせ、左右から1発ずつ飛来してきた対地誘導弾が自らの軌道を修正していく。
信管が作動する距離まで接近したその時、『彼』はアクセルを強く踏み込んだ。
間一髪で機体は敵機の攻撃をすり抜ける。
一瞬標的を見失ったミサイルは軌道を乱し、互いにぶつかって自爆した。
 間髪入れず、今度は機銃による攻撃が『彼』を襲う。
『彼』はレバーを操作すると同時にアクセルを踏み、軽やかなサイドステップで回避した。
そして、射撃後の隙を突いて、突撃ライフルを3点バーストで撃ち込む。
その内の2発が敵機の頭部を貫き、大破させた。
 索敵機能を失った敵機に対し、『彼』は一気に肉薄するともう一方の腕――大き目のナイフを握った拳を胸部に叩き付けた。
コックピットがガタッと揺れ、正面のディスプレイに大きく裂けた敵機の中核部が映し出される。
両方のレバーを引きながらアクセルを踏み込むと、『彼』の機体は後方へと大きく下がった。
少し遅れて、敵機が爆発し、燃え盛る残骸から黒い煙が上がった。

 『ミッションコンプリート。お疲れ様です』
ディスプレイにオペレーター(と前に言っていた)の少女が映し出され、可愛らしい声でお決まりの台詞を言い始めた。
この後はエンディングが流れ、今月のスコアランキングが表示されるだけだ。
どうせ、いつもと同じ順位に決まっている。
『彼』は、操縦席――に見立てられたゲーム筐体から起き上がると、側面の扉を開いた。
 コックピットから出てきた所で、横合いから声を掛けられた。
「よう、今日もまた英雄(エース)ごっこか?」
半ばからかうような口調で言う相手に、『彼』はムスッとした表情で言い返した。
「悪いかよ」
「んにゃ、別に構いやしないが。
 でもお前は本当に好きだな、このゲーム」
そう言って、くしゃくしゃ髪の彼――新山ユウジは笑った。
若干かったるいような、それでいて妙に印象に残る笑いを聞きながら、『彼』は呟いた。
「暇潰しには丁度いいんだ。
 ……いや、最近じゃ暇潰しにもならないな。
 単細胞(ワンパターン)過ぎてつまらないんだ」
「そりゃ当たり前だろうよ。
 コンピュータとやり合ってるだけだからな。
 対人戦できるんだから、そっちならいいんじゃねェのか」
「無理だな。
 このゲームは癖のある操作方法だから、初心者(シロウト)はまず取り付かない。
 それに、慣れてる奴とは一通り戦って勝ってる。
 最近は他所でやってる奴が殆どだし、そう簡単に対人ができる訳じゃないんだ」
『彼』はため息をついた。
 最近、どうも今の生活に満足できていない気がしている。
かといって、目新しいものを探し求めるくらいで満たされるような気はしない。
何か夢中になってできるものはないんだろうか、と『彼』はこのところずっと考えていた。
そう、例えば『何かを賭けて戦うようなこと』とか……。
「お、相手が来たみたいだぜ」
ユウジの声で『彼』は我に返った。
筐体のディスプレイを見やると、『相手が対戦を要求しています。了承しますか?』という文字が表示されていた。
「せっかくだからやって来いよ。
 どうせ今日は全日サボリするんだろ?」
「……そうだな。
 新山、対戦の後に出てきた相手の顔、見とけよ」
そう言って、『彼』は再びコックピットの中へと戻った。

 『あと5秒』という表示が出たところでカードを筐体に挿入する。
画面が切り替わり、『対戦を開始します』という文字が正面に表示された。
操縦席に座り、左右のレバーとアクセル、ブレーキの位置を確認したところで相手の情報が表示される――筈だった。
「何……だ、これ」
思わず『彼』は呟いた。
 『挑戦者名:Unknown 機体:Unknown ランク:Unknown』。
全ての情報が謎の人物。
何かのジョークとしか思えないようなプロフィールに、呆気にとられる。
これは……後で新山にどんな顔だったか聞いた方がいいな。
『彼』はそんな事を考えながら、画面が切り替わるのを待った。
 やがて、ディスプレイに対戦ステージが映し出された。
市街地。
それも、高層ビルが立ち並ぶ入り組んだ場所。
「という事は奇襲特化か……。
 どこから来る……?」
『彼』は周囲を見回した。
 相手は正面――大通りの向こうに燦然と立ち尽くしていた。
こちらの予想とは逆に、真っ向勝負を挑んでくる気らしい。
「何のつもりなんだ?」
疑問を口にしつつも、彼は突撃ライフルを構えた。
ほぼ同時に、相手もこちらへ突進を始める。
『彼』は、小刻みに後退しつつ、素早く相手に照準を合わせてトリガーを引いた。
タタタッと3発の銃声が微かに響き、ディスプレイに弾道が映し出される。
敵機は僅かに横滑りし、銃弾を掠めるようにして回避した。
巧い。
敵の動きに感心しつつも、彼は続けて弾丸を撃ち込んだ。
相手は、2回、3回と同様に滑らかな動きで射撃を回避していく。
「だったらこれはどうだ?」
そう呟きながら、セレクターを指で弾く。
 背中に負っていた構造物が両肩にせり上がるとともに、画面に表示されていたサイトが別のものに切り替わった。
サイトはすっと敵機の方へ移動し、直後に敵機を囲むようにしてマークが表示された。
「点で回避できたとしても、面なら!」
 トリガーを引くと同時に、構造物から太めの弾頭が吐き出された。
推進剤の白煙を曳きながら、2発の弾頭は敵機へと飛んでいく。
そして、相手のやや手前で信管が作動し、弾頭が破裂した。
直後、そこから放射状に針状の子弾が撒き散らされる。
 これだけ狭い範囲で子弾が撒き散らされたんだ、避けるのは不可能に違いない。
損傷が軽くても、先ほどのような軽やかな動きはまず無理だろうと『彼』は思った。
 『勝った』。
そう思った瞬間、信じられない事が起きた。

 敵機は、クラスターミサイルの効果範囲よりも上に飛び上がっていた。
いや、それどころか飛んでいたのだ。
「と、飛ぶのかよ?」
驚いているうちにも、敵機は『彼』の機体に追いつくと、片腕をこちらに向かって突き出してきた。
「くっ!」
 ナイフを持った腕で攻撃――ブレードによる一閃を受け止めると、『彼』はほぼ零距離でライフルを撃った。
弾丸が相手の肩部に食い込む。
しかし、相手は全く動じる事無く、両腕に固定されたブレードを素早く振るった。
『彼』はライフルを盾代わりにして攻撃を防ぐと、振り終えたところを見計らって頭部にナイフを突き立てた。
刀身が敵機のバイザーを割り、カメラに深々と突き刺さる。
「これで視認できな――」
そう言いかけた瞬間、コックピットが揺れた。
「うわっ……!」
同時にディスプレイが消え、コックピット内が闇に閉ざされた。
 一瞬遅れて、正面に『メインカメラ損傷。索敵不能です』という文字が表示される。
どうやら相手のカメラを破壊した直後に、こちらもブレードで頭部を破壊されたらしい。
双方盲目、肉薄の状態で、こちらの武器はすぐに使えないか、使用不能になっている。
おそらく次の一撃さえ繰り出せば、間違いなくこちらが撃破されるだろう。
「負けた……のか?」
『彼』は信じられないといった表情で呟いた。
 が。
「な、……降伏!?」
画面に『相手が降伏しました』の文字が表示され、対戦結果(リザルト)に切り替わった。
降伏。
つまり、相手側が負けを認めたという事になる。
十分に勝てる状況にあった筈なのに、だ。
「新山!」
『彼』はコックピットから飛び出ると、ユウジに声をかけた。
直後、彼の傍に見知らぬ女性が立っているのに気がついた。
「焦らなくたっていいぜ。
 よくわかんねェけど、このお姉さんがお前と話したいんだとよ」
「俺と?」
『彼』が訊き返すと、ユウジは大きく頷いた。

 ゲームセンターの最奥にある休憩スペース。
そのテーブルの1つを挟んで、『彼』と女性は座ったきり黙り込んでいた。
ユウジは何かを察したらしく、
「俺ちょっとトイレ」
と言って、すぐどこかへ行ってしまった。
しばらく沈黙が続いたところで、『彼』は思い切って話を切り出した。
「――あの、話って一体何なんですか?」
「約5分」
女性が呟く。
「は?」
「貴方が話を切り出すまでに掛かった時間よ。
 決心するまでに随分と時間が掛かるのね」
さらりと言い切った彼女に、『彼』は面食らってしまった。
「まさか、試してたのかよ」
「そうよ」
そう答えると、彼女は冷たい視線を向けた。
「これは貴方を採用するかどうかの試験。
 緊急の事態に対しては速やかに対応できなければならないわ。
 心得なさい」
「心得なさいって言われても困る。
 ……大体、採用がどうのこうのなんて言ってるけど、アンタは一体何なんだ?」
苛立ちを含んだ口調で『彼』が問いかけた。
 女性はどこからか名刺を取り出すと、すっと彼の前に差し出した。
そこには、今時珍しいアナログ印刷字体で、『日本国国土防衛省・自主防衛隊戦闘科広域戦術師団第226小隊 少尉 若狭ミサキ』と印字してあった。
「自主防衛隊……?」
「自衛隊のこと。
 歴史の授業で学んでいる筈よ」
「でも、国連の協定で戦争は無くなって、防衛省も自衛隊も無くなった筈だろ?」
半ば記憶の片隅に追いやられていた授業内容を引っ張り出し、『彼』は訊き返した。
 そう、2020年の協定をきっかけに各国の軍隊は解散している。
日本国もその例外ではなく、その年の9月には自衛隊が解散。
防衛省も12月に廃止され、多くの職員が解雇されて社会問題になった。
 でも――無くなった筈の防衛省、その職員と名乗る人物が今、目の前に居る。
一体どういう事なんだ。
「表向きはそういう事になっているわ。
 でも、実際には自衛隊という組織も、防衛省という省庁も未だに存在している。
 それだけじゃないわ。
 世界各国の軍事組織も、未だに存在しているの」
「でも、いくら存在していても戦争はできないんだろ?」
「いいえ、戦争は今も世界の各地で行われているわ。
 貴方達とは関係のない場所で行われ、確実にその影響を及ぼしている」
「ふざけるなよ!」
『彼』は両の手をドンッと机に叩きつけた。
普通なら周りの人間が振り返ってもおかしくないほどの音がしたが、ゲーム機の爆音のおかげか、周囲には殆ど響かなかった。
「軍隊がまだ存在してる?
 戦争がまだ世界中で行われている?
 何言ってんだよアンタ……、そんな馬鹿な事ある訳ないじゃないか!」
憤然として睨みつける『彼』に対して、彼女は冷静な口調で答えた。
「そう、ね。
 証拠も無しにそんな事を聞かされたって、理解出来る筈もないか」
「何処行くんだよ?」
『彼』が腰を上げた彼女に声を掛けると、彼女は少し呆れた表情を浮かべながら言った。
「証拠を見せなければ納得できないのでしょう?
 ……また日を改めて伺う事にしましょう。
 貴方を採用するかどうかは、その時の貴方の反応を見てからにするわ」
「……」
『彼』は、何も言わずに女性の後姿をただ見送っていた。

 ゲームセンターを出たところで、携行を義務付けられている多機能端末が通話モードに切り替わった。
ミサキは胸ポケットから端末を取り出すと、相手に呼びかけた。
「若狭ですが」
『少尉、緊急事態が発生した。
 速やかに帰還してくれ』
「了解しました。
 それで、一体何が?」
彼女が尋ねると、相手はかなり深刻そうな声で答えた。
『人民解放軍が行動を開始した。
 朝鮮半島に陸上からの電撃的な侵攻を開始し、既にピョンヤン近郊までを制圧している』
「海上の動きは?」
『今のところは確認されていない。
 すぐこちらまでやって来るとは思えないが、日本全土に第一級警戒態勢が敷かれている。
 少尉も直ちに帰還し、人民解放軍の攻撃に備えよとの事だ』
 そろそろ動くとは思っていたけれど、まさかこんなに早く……。
下手をすると、あの少年に関わっている場合ではなくなってしまうかもしれない。
「了解、直ちに帰還します」
相手にはそう答えながらも、彼女は再び店内へと足を運んでいた。
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