第4話「プロパティ」
「夏休みは野外ロックフェスに行くんだっけ?」
「屋上」
第4話「プロパティ」
「魅力的な女の子とは?」
前回のシチュエーションと同じく、ごく普通に始まった。
シチュエーションは人物ありき、あのときはそんな結論になっていたので、この流れは予定していたのかもしれない。
「魅力的……この一言だと、漠然とし過ぎていますね」
「たしかに」
今日のあおいは眼鏡をかけていた。フレームも飾り気もないものだが、いつものシャツとジーンズ姿によく似合っていた。
いつもより優等生っぽく見える……と、少し失礼なことをみひろは思う。
「人物を考える、というのはすごく大変なことだよね。
その人の性格が構成されるには、どんな人生を歩んできたか。どんな生活環境で、どんな両親だったか。
そこからどんな性格になって、食べ物の好き嫌いから友達、親友、恋人に繋がっていく。
ぽっと湧いて出たような人物は考えたくないから、いつもここで悩んじゃう」
「はぁ」
「私は不完全な人間がすごく好き。
マンガやアニメでよく見るような完璧な人や、何もしていないのにハーレムになるような人は、どうも自分の中では考えにくい」
マズい。
今日の話は、何か大事なものが壊されるような気がする。
「そもそも。
現実では処女なんてそうそういないし。
髪の毛はせいぜい茶色が限界。
運命の出会いなんてものはない。
ちょっと話しがずれるけど、ゲームでよく見る人間と妖精やらなんやらの、異種間交流。人間は肌の色が違う程度で差別が起こるぐらいなのに異種間交流なんてまずありえない。
そうそう、自分より大きな剣を振り回すと、あっという間に腰がおかしくなるらしいよ?」
何かが壊れる音がした。
「まず男性の好みのタイプがいつ形成されるのか、から考えなくちゃいけない。
男性が性を意識する……思春期、かな。そこで理想の女性が形成される。
老いも若きも女子高生にニーズがあるのは、まさにそう。多くの男性は、同じ学校に通う制服姿の女性と関わることが多い。それが理想の女性として形成される。
今は言わないけど、看護婦。看護婦好きの人って、部活か何かでケガをして、病院にお世話になることが多かったんじゃないのかな?
そこから考えるに……現在、ブルマを採用している学校は少ない。遠くない未来、ブルマ好きの人はいなくなるはず」
どこまで。
この作家は、どこまで破壊すれば気がすむのだろうか。
負けられない戦いを始めようとした、そのとき。
「……でもね。今は、そんなことは無視してもいい」
……お?
「官能小説……いや、どんなジャンルでも、描写のリアルさは必要でも人のリアルさはそこまで重要じゃない。誰もそこまで気にしないからね。
まずは読者が求めている人物……そこを考える必要がある」
おおお、お?
「結論を言っちゃうとね、好みの人物なんて人の数だけ意見が分かれる。
でも、ある程度の傾向とかは考えられるはず。
なので、何かの参考になればと思って、恋愛もののマンガや小説を買って読んでみた」
「そこで官能小説を読まないのは、変な先入観を持たないためですか?」
「それもあるけど、どうも既存の官能小説は、求めているものとは違う気がする」
風向きが変わってきている。
「今日考えるのは、その大きな傾向と人物像。
つまり、比較的愛されやすい人物を考えようと思う」
「……と言うと?」
「男性はどんな女の子が好きか。そんなお話しかな」
勝機!
いつの間にかホームでの戦いになっている!
「あおいさん。とっておきの属性……いえ、性格があります」
「属性……ゲームの話?」
「いえ、あ……ある意味ゲームか……? いえ、現実の話です。まあ属性=性格、ぐらいのものと思ってください」
「う、うん。わかった。」
ぽろっと用語が出てしまった。たしかに一般人には馴染みのない言葉だろう。
「ツンデレ、という言葉、聞き覚えないですか?」
「あ、それ知ってる」
さすがツンデレ。知名度が違う。
「夏休みは野外ロックフェスに行くんだっけ?」
「屋上」
やはりリア充との間には語弊があった。
きっと、甘い香りのする雑誌で得た知識なのだろう。みひろは憤慨するあまり、体温が上がったように感じた。
「お、屋上……?」
「それは間違ったツンデレです」
「ツンデレ。
普段はツンツン、好きな相手のことを冷たくしたり、ひどくしたり。でもふとした瞬間、相手に対する気持ちがドバっと溢れるわけです。これがデレ。合わせてツンデレですね。
今どきのツンデレはお決まりのセリフ、お決まりの姿、お決まりの声。もうこれは記号です。単なる記号の集まりです。
ツンデレというのはですね。ツンデレというのはですね?
相手への想いが自分でも押え切れなくなった、そのとき。ごく自然に、素直に、口からこぼれる言葉を相手に伝える。それが、私の考えるツンデレだと思うのです。
あ、でも、記号を否定しているわけじゃないですよ? やっぱりツインテールはいいなぁと思います。
個人的にはツンデレ比率は3:1がいいです」
「何を言っているのかわからない……」
「つまり、天邪鬼なんですよ。小学生が好きな子にイジわるするような。
でも、男性はツンとデレのギャップ、そこに魅力を感じるわけですねっ。
イメージしてください。普段は冷たくされているのに、ある時、顔を赤らめて「バカっ……」て言われる、そんなシーンを。
どうですか?」
「え、えー……?」
だめだ、わかっていない。
このままでは先に進まなくなりそうだったので、後日資料のレポートを提出することをあおいに約束した。
『ツンデレ。とりあえず野外ロックフェスには行かない。3:1がいいらしい』
「オッケー、メモできた」
「では続けて。私が最もおすすめなのが、素直クールです」
「これまた聞いたことのない言葉……」
「素直クール。
ツンデレの逆の発想、そこから生まれた素直クール。
冷静沈着。
頭脳明晰。
スポーツ万能。
ええ、完璧超人です。
ですが、そんなものは飾りです。
素直クールの最も魅力的なポイント。
それはっ。
好きになった相手への愛情表現がストレート!
会った瞬間「好きだ」。ええ、これですこれ。
その鉄のような表情と感情に隠された、誰よりも深い愛情。
そう、これが、素直クールなのです!」
メモメモ。
『すなおくーる(漢字なのか、ひらがななのか。それすらわからない)。あとで資料とレポートをもらうことにする』
「なんか熱心だから、一生懸命メモしておくね」
「どんどんメモしてくださいまし」
テンションが上がりすぎたのか、息が荒くなっていた。
少し恥ずかしくなり静かに座る(いつの間にか立っていた)。
「とりあえず、性格もある程度の傾向があるようだね」
「そうですね」
「キミの性格論はなかなかいいネタになりそうだし、他に何かあればレポートにまとめてくれない?」
「はい、ぜひ!」
ああ、これこれ。
こんなネタなら、いくらでも出せるのに。
「で、ですね、あおいさんのそのメガネも、立派な属性です」
「これが? 眼鏡が?」
「そうです。そのメガネです。
メガネは少女を女性に、女性を少女に変える、魔法のアイテムです。
しかしあおいさん、伊達メガネとはいえ、今日の話題に合わせて着用とはステキです」
「そ、そう? 普段はコンタクトなんだけど、今日は目が痛くって……眼鏡も似合う?」
「そうでしたか、視力、悪いんですね? そうですかそうですか。
ステキです。さあ、これからはコンタクトはやめてメガネにしましょう」
あおいは自分の童顔を自覚し、眼鏡をかけることでさらに幼くなることを知っていた。が、眼鏡が似合うなんて言ってくれたのは、みひろが初めてだった。
当のみひろは、あきらかに邪悪な感情を抱いていたわけだが。
「そう、そう? どんな眼鏡が似合うかなぁ……」
「ふーむ、赤いフレームとかいかがでしょうか?」
「ちょっと派手すぎる気がするけど……」
「いえいえ、あおいさんなら似合いますよ」
「そかな? えへへへっ」
「そうですよ。ふへへへへ」
◆おまけ1「インストール_T」
「気持ち、内股気味にしてみましょうか。そう、そうです。
ほんの少し前傾姿勢で。あ、ちょっと行き過ぎです。あと少し……そう、そのぐらいです。
で、右手は腰に、左手は前に突き出して人差し指を伸ばします。
あとは厳しい表情をして、さあ、先ほどの言葉をっ」
「べ、べつにっ、アンタのためじゃないんだからねっ」
「そうです、それがスタンダードなツンデレです」
◆おまけ2「インストール_S」
「イメージしてください。ここは高校、お昼休みです。
あなたは隣のクラスに乗り込みます。周囲の視線も気にせず、ある場所に向かって一直線です。
もちろん、あの場所とは意中の彼の席です。
その人の席の前に着きました。あなたはぶっきらぼうに立ち、片方の手は腰に、もう片方は遊ばせます。
無表情に、無感情に。見下ろしながら、さきほどの言葉を!」
「好きだ」
「ブラァボー! ナイス素直クール!」
◆おまけ3「応援しています」
みひろが「あおいさんはメガネが似合いますね」みたいなことを言うものだから、あおいの付き添いで東○メガネに行くことになりました。
「強引な展開ですねぇ」
「何の話?」
選ぶことには問題はない。が、みひろはある種のプロだが、本当のプロの意見も取り入れたかった。
店員のかけているメガネは、どれもおしゃれなものばかり。どの店員も接客のプロかもしれないけれど、メガネのプロ、本当のプロとなると……
「ちょっといいですか?」
「はい、いらっしゃいませ」
「10月1日は?」
「眼鏡の日です」
「失格」
「ね、ねえ。どんな質問なの? どんな意味があるの?」
「プロを探しているんです」
手当たりしだい、同じ質問を続けた。
そして最後の1人。
「あのー」
「……はい?」
「10月1日は?」
「メガネの日!」
がっ。
みひろとその店員は、力強く握手した。
メガネのプロが、そこにいた。
「え、なに? なにこれ?」
「あおいさん、この人はプロです。私たちが選べば間違いありません」
「何が違ったの? いっしょだったと思うけど……」
「ニュアンスですよ、ニュアンス」
この日のお買い上げ。
メタル素材の、ぴちっとしたフィット感の眼鏡。
赤いフレームでやや大きめのメガネ。
「やたら勧めてきたけどさ、おしゃれ用に2つもいる?」
「魅せるポイントが違うからいいんです。うへへへへ」
◆おまけ4「今回、前回とみひろさんの発言(妄想)がアレなので、ちょっとひどい目にさせる」
※注意!
あおいさんが『男体化』『ショタ』『やや鬼畜』であおいくんになっています。嫌いな人は回れ右してください。
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「みひろお姉ちゃーん、はい、あーん」
みひろが担当する作家、夏目あおい。
彼を説明するのに、多くの言葉はいらない。
たった一言『悪ガキ』。それで彼を表すことができた。
「あの、これは……?」
「さくらんぼだよ。おいしそうだから買ってきちゃった」
それぐらい知っている。その行為について訊いたのだ。
疑うわけではなかったが、素直に喜ぶ気にはなれなかった。
前のセクハラ質問は、本当にひどかった。身長、年齢、スリーサイズ。性感帯に好きな男性の好み。そして、経験人数。
『へー、みひろお姉ちゃんって処女なんだ。ふーん』
『う、うう……』
『でも心配しなくてもいーよ? その新鮮な反応、すごくいい』
それからのあおいの目が、何か、体を舐め回すような……そんな視線がひどく不快に感じた。
……まるで衣服を透かして見ているかのような。
「みひろお姉ちゃーん、食べないの?」
いくらなんでも、食べ物にイタズラはしていないはず。マンガやアニメじゃあるまいし。
言われるがままに、さくらんぼに食いついた。甘い、たしかにこれはおいしい。
「そうそうみひろお姉ちゃん。キミ、さくらんぼの軸を口の中で結べるんだっけ?」
「……!」
もちろんそんなことを言ったことはない。
これは、一方的な期待だ。
『できなくっても、するよね?』
あおいの目が、そう言っている。すっと目を閉じ、みひろは覚悟を決める。
「……ん、ん」
今までに挑戦したことはあっても、できたことはない。
しかし、がんばる姿を見せさえすれば満足するかもしれない。あおいはそんな淡い期待にすがるしかなかった。
「んぅ、えう」
ぺとり。
口を開けたタイミングが悪かったのか、軸がテーブルに落ちてしまった。
「あ、ごめんなさいっ……」
「いいよいいよ、気にしないで」
そっと、みひろの口の端から垂れる唾液を指ですくい、今度はそれを差し出した。
「ほら、舐めなよ」
「うう……」
一方的な期待だったとしても、失敗した手前、断りにくかった。
「あぅ、ぅぅ」
あおいの指を、みひろの舌が這う。
あおいはその背徳的な光景に、体が痺れるようだった。
「はい、よくできました」
「はぁ、はぁ……」
「あれれ、息荒いよ? 興奮しちゃった?」
「してません!」
「わー、怖い怖い……ま、そんなのはどうだっていいんだけどね」
ぐい。
みひろのあごをつかみ、無理やり向かせた。
「結局できなかったんだから、バ・ツ・ゲェム」
あおいは、みひろの唇を奪った。
みひろの初めてのキスは、自分好みの男の子に奪われた。
乱暴に、こじ開けるように、あおいの舌がみひろの歯に当たる。
最初は力を入れて閉じていたみひろも、次第に力が抜けていった。
「んあっ……」
ついにあおいの侵入を許してしまった。
舌同士が絡み、唾液が混ざり合い。
あおいはみひろの後頭部に手を置き、逃げられないようにする。
空いた右手は、みひろの主張の強すぎる胸をつかみ、むにむにと動かす。
みひろはその手を……その手に両手を重ねる。ただそれだけ。抗いも、招きもしない。
それはまるで、自分の答えを探しているような……
あおいが離れる。2人を繋ぐ唾液を指で切る。
「その手は?」
「あっ……」
「それは、続けてほしいの? やめてほしいの?」
抗うのか。
受け入れるのか。
「あおいくんっ……私っ」
「なんてね、ここで終わり」
「えっ」
何もなかったように。そして、さも当然かのように。メモとペンを渡す。
「さ、焦らされているその気持ち、それを書くんだ」
「あ、あっ……」
「なに、心配しなくてもいいよ」
「いずれ、キミが望むこと、してあげるから」
「あ、はい……はい」
今の、押え切れない情欲を、文字に。
今は、文字に。
そしていずれは、この人に……