男は、少々長くなった、赤茶けた髪の毛を後ろでひとつに束ねていました。
その目は、もうずいぶんとこの世界で繰り返されてきた喜怒哀楽を写しつづけたのでしょう。まるで何度も何度も使いまわされて少しクリーム色に変色した名画座のスクリーンのようにどんよりとしておりました。
その瞳の中に、一体どんな光景が写っていたのか。それを知る術など無く、ただ、その男の言動に注意を配る程度にしか、出来る事などありません。
不意に、男が口を開きました。
「もう、誰にもこの言葉が届く事など無いのですよ。地平線すら見えない、この永遠の世界には、当たり前ですがポストだってありやしない。仕様がないので、僕は、にっこり笑顔のマークがついた、白い手製のポストを作ってみました。しかし、ココに至ってふと思う訳です。一体、誰が届く事の無い手紙を書き続けることが出来るのでしょうか。と。いくら手紙を書いて、このポストに入れたところで、取りにやってくる人がいるわけでもなければ、その手紙を誰かに届ける事だって出来やしないのです。」
男は、どうしたものかなと困ったような表情で、はにかんだ後、再び口を開きました。
「僕は今、永遠の向こうにある果てに来ています。」
その声は、誰にも届く事の無い、ただの空気の振動でしかないものでした。