Neetel Inside ニートノベル
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 神門家の昼食が終わって少しして、待っていた三人はやってきた。
 遠方というか別世界への遠出ということもあって事前に動きやすい恰好で来るようにとは言ってあったが、東雲由音についてはまったくの予想外だった。
「おま…それで行くのか」
「ん?おお!」
 唖然として守羽が思わず問うても、由音は胸を張って肯定するだけだった。学校指定のジャージ姿で妖精の世界に踏み込むことにはなんの抵抗もないらしい。
「どうせオレなんかは一番怪我しやすいんだから、服なんて別になんでもいいんだよ!すぐボロボロの布きれになっちまうんだから!」
 言ってけたけた笑う由音の言い分に、守羽達は思わず納得しかけてしまった。
 “再生”の異能を宿す由音は、どれだけの重傷からでも復帰できる特性がある。ほとんど半不死に近い性質を備えている故の油断か、やたら防御に甘い部分が見受けられるせいで大抵の戦闘では着ている服はほとんど引き裂け破れ、出血で真っ赤に染まるのが定番と化していた。
 それを考えれば、どうせ使い物にならなくなる服に関して頓着する方が馬鹿らしいということか。
 もっとも、服の切れっ端でも残っていれば静音の“復元”を用いて元に戻すことは可能だが。
 そんな便利な能力を持つ久遠静音はといえば、普段あまり見ないジーパンに白シャツという洒落っ気を度外視したラフな格好だった。長い黒髪も、ヘアゴムで留めてポニーテールにしている。
 由音は小さなリュックサックを背負い、静音はキャリーバックを転がしてきた。守羽の言った通り、何日掛かるかわからない妖精界攻略の為に最低限の荷物は押し込めてきたようだ。
「やほーシュウ!」
 その中で唯一手ぶらの上に相変わらずの白ワンピースで静音と共に来た猫耳少女、ケット・シーのシェリアが呑気に挨拶なんかしてくる。
「おう、シェリア。…お前も、そんなんでいいのか?」
「ん?んー、いつもこれだし?」
 さして考えてもなさそうな間を置いて、シェリアはワンピースの裾を持ち上げてにぱっと笑った。
「だいじょぶだいじょぶ。いざとにゃったら加護でどーにかするから!」
 風の加護とやらを受けているシェリアは、平時有事を問わず風の力を発揮して万事を収めている。ケット・シーとしての能力もかなり高いようで、前の大鬼戦で助太刀してくれた時も牛頭や馬頭を相手に速度で圧倒していた。
「まあいいか…」
 出発前から早くも不安が募るが、言っても始まらない。
 人数も揃い、守羽は色々と必要と思われる衣服や雑貨を詰めたバックを背負って玄関を振り返る。
 その先にいた相手に、守羽はいつも登校する時のような気軽さで片手を上げて、
「んじゃ、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
 同じように極力いつも通りを心掛けて見送りの言葉を返した母親へ上げた手を振る。
「レン、白埜。母さんは頼んだ」
「ああ。何もないとは思うけど、まあ気長に待ってるさ」
「……まかせて」
 最後に同盟の二人に声を掛け、四人は神門宅を出て最寄りの駅まで向かう。
 シェリアが言うに、妖精界への出入り口というのは複数あるらしい。別の空間、別の世界へ入るにはさらにその世界の住人の許可が必要とのこと。これはシェリアが一緒に行くので問題無い。
 普段のほほんとしているシェリアがちゃんと妖精界への入り口まで案内出来るのか大いに疑問が残るところだが、そこはこの少女の奇妙な自信を信じる他ない。
「よーっしゃ!そんじゃまあ、ひとつここは気合いを入れるとすっか!」
 家を出てほんの数分後、道路を家々に挟まれた幅狭な道路を先陣切って歩く由音が半身振り向かせて声高に言った。
「なんだよ気合いって」
「いやほら、えいえいおー!ってヤツ。……ん、ちょっと待てよ。オイ守羽やばいぞ!」
 いつも通りのハイテンションで早口に告げる由音に、早くも付き合うのに疲れてきた守羽もあざなりな返答をする。
「なんだよ何がやばいんだ」
「肝心なこと決めてねえじゃんかオレら!」
 慌てふためく由音の様子に、静音とシェリアも首を傾げて思案顔をする。
「肝心なこと…?」
「えーと、にゃんかあったっけ?」
 思わず忘れ物でもしたかと、守羽が受け取って引っ張っているキャリーバック(重い荷物を女子に持たせるわけにはいかないと、半ば強引に取られた)を見やる静音と、手ぶらでニット帽ごと猫耳を動かすシェリアにはやはり由音の言葉に思い当る節はない。
 当然知らないとすまし顔で肩を竦めた守羽に、呆れたと言わんばかりの表情で顔に片手を当てた由音が一言。
「組織名ッ、だ!!」
 これぞと断言したその一言に対し、三者の反応はと言えば。
「…………あー」
「なるほど」
「おおー!」
 そういうことかと意味の成さない声を上げる守羽と、納得した表情で静音。シェリアに至っては何故今まで気付かなかったのかと世紀の大発見をしたように目をキラキラさせていた。
 背中のバックを担ぎ直して、炎天の空をぼんやり見上げた守羽が確認を取るように三人へぐるりと視線を巡らせる。
「…いる?四人ぽっちの一団に。組織名」
「「いるっ!!」」
 即答で奔放コンビがずいと前に出る。片手で押し返しながら最後の一人に視線を定めると、彼女も頷きをすぐに返した。
「目的の合致する同士の集まり、集団の名を決めることで統一感を出すのは案外大事かもしれない。統制されるし、目的への士気も高まる」
「よっし名前決めるぞ皆考えろー」
 静音の発言に重きを置いている守羽があっさり掌を返し、駅に向かう道すがらこの集団の名を決めることとなった。

「とりあえず守羽なんかねえの?リーダーだし」
「俺か。うーん…じゃバリスタとか」
「にゃにそれ?」
「昔の大型弩砲だったっけ。大きな矢とか鉄球とかを打ち出した」
「さすが静音さん。最近授業でそんな兵器の名前出てたんで。確か攻城戦とかでもよく使われてたって話だし、妖精界に喧嘩売るならちょうどいいんじゃないか」
「なんかダサくね?」
「お前の感性はさっぱりわからん」

 さして時間を掛けるつもりもなかった組織名だが、思いの外これには時間を要する羽目となり、

「その短めの名前がなんかパッとしねえんだよな。いっそバリバリ最強ナンバーワンとかにしねえ?」
「バリスタの名前半分しか使ってねえし、それならいっそ『鬼の手オーガハンド』とかで押し通した方が百倍マシだわ」
「じゃあそれで!お前『鬼殺し』だし!!」
「却下だ馬鹿野郎」
「バリスタってほかの言い方にゃいの?」
「えーと、確かバリスタっていうのがラテン語で、それをフランス語に訳すとアーバレストだったかな。ただ、そうなるとこっちはクロスボウの意に近くなっちゃうみたいだけど」
「バリスタよりいいじゃん!こっちにしようぜっ強そうだしよ!」
「まあなんでもいいわもう。それともいっそラムダ・ドライバにでもするか?」

 こうして、拗れに拗れた結果。

「まあでも、俺らの目的は神門旭の救出一つっきりに限る。脇道に逸れたり道草を食ってる場合じゃねえ。言わば俺達は放たれた飛矢だ、どうあったって目的に到達するまで止まる気はない」
「そういうことにゃら、やっぱりアーバレスト?」
「目的をそのまま名として冠するのなら、それがいいかもね」
「うーん、でもオレら四人だぜ?ここはアーバレスターにしよう!」

 わけのわからない発言を重ねる由音に降参して、半ば強引な妥協と納得の末に神門旭救出を第一最優先として動く彼らの名は決まった。
 いつの間にか、話しながら歩いている内に駅はすぐ目の前にあった。
「はあ…それじゃ、肝心なことってのも無事決定したし。『アーバレスター』、行くとするか」
「うん」
「はーいっ」
「おう!」
 三者がそれぞれ頷きを返し、新生組織『アーバレスター』は行動を開始する。

       

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