Neetel Inside ニートノベル
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「…して。どうされますかな。女王よ」

 玉座の間を支配する沈鬱な空気を読んでか読まずか、古き妖精たる老翁ファルスフィスはそう切り出した。
 界域結界及び五法障壁の展開によって一時的にではあるが魔神の干渉は退けた。既に王城内部とその周囲結界内に残存していた屍兵は殲滅している。ひとまずの安全は確保されている。
 ただしそれも僅かな時を稼いだだけのもの。問題そのものは依然として解決に至ってはいない。
 『聖殿』を出て、妖精女王ルルナテューリは二つある玉座の一つ、妖精王の空席を一瞥して思案に耽る。
 今この間に集っているのは先の言葉を放ったファルスフィスを含むティト・ラバー・ラナの『イルダーナ』達と数十の重鎮達。『八賢』は未だに王城地下にて感知と索敵を続け魔神の動向を探り続けている。こちらへも通信を開いてはいるが、あれから有益な続報はまだない。
 近衛兵団及び側近の騎士達は全て王城周辺に集った市民妖精達の保護と治療、それと混乱の鎮静化に出払っている。
「どうするもこうするも、ありませんから」
 王権の半分を所持する夫が不在の中でも、女王の瞳に不安の色はなかった。玉座に背を向き、ファルスフィスへ向き直る。
「徹底抗戦ですから。妖精らしくないと言ってしまえばそれまでですが、仕掛けてきたのは彼ら。そして言葉を尽くして退いてくれる相手ではない。さらに言えば彼らは我が臣民と領地を傷つけ踏み躙った」
 淡々と妖精界を蹂躙された事実を語るルルナテューリの声は冷え切った玉座の間によく響き渡った。
「何を目的として来たのかはこの際置いておきますから。今この場で、なによりも、必要なことは」
 カツッ!と、高く踵で地を叩き女王は視線を落とす妖精達に意志を示す。
「…覚悟です。戦う覚悟、倒す覚悟、守る覚悟。この世界を生き長らえさせる為に、全てを賭す覚悟!ですから」
 例え親が死んだとしても、我が子は生かす。
 例え王が死んだとしても、我が民は生かす。
 花が枯れても種を残すように。少しでも未来への枝を伸ばせるように。犠牲を強いるとしても、種の存続の為に我が身を用い可能性を残す。
 あらゆる理不尽に抗う覚悟を女王は問うていた。
「「「―――……!」」」
 絶望の箱に押しやられても心を折らない女王の威容に、他の妖精達が顔を上げる。
 直後、背後から轟音と共に応じる声。

「ハッ。ちょっとくらいは弱気で涙ぐんでるかと思えば、なんだよ」

 誰よりも早くその発破に答えたのは、玉座の間へ続く大扉を蹴り開けた巨漢の妖精。
「ちゃんと女王様やってんじゃねえか。流石は俺の女だ」
 大剣を担ぐ妖精王・イクスエキナが傷だらけの妖精と人間を伴って現れ、この場この状況にそぐわぬ大笑を上げた。



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「オイ」

 あの時。
 突然の呼び掛けに驚いて振り返った守羽とすれ違うように、妖魔アルは空中で留まった邪気の球体へと二振りの武器を手に跳び掛かっていた。

「お前じゃねえよ旦那の倅。―――合わせろ」
「黙れ。貴様の指図なぞ受けるか」

 アルの突撃と同時にもう一人、水の羽を広げて飛び上がった妖精が両手の内に青白い火花のようなものを纏い掌底を引き絞る。
「ッそらァあ!!」
 剣と刀を十文字に交差させ、一薙ぎにて邪気の塊を斬り飛ばす。不意の視覚外からの斬撃に背を裂かれた由音が空中から落下した。
「…!?」
 同じく死角よりの一撃に肩を斬られた魔神マルティムが晴れた邪気の中から一瞬の困惑を見せる。
 その短い間隙の中、青白い火花にいくつかの文字を刻み込んだ妖精レイススフォードの掌底が魔神の胸部を捉え、爆光。
 鋭い杭と化した光がマルティムに突き刺さり、内部に付与したルーンが効力を発揮する。
 氷々爺の得意とする遅延と停滞の術紋ルーンが魔神の持つ転移の術法を阻害し、さらなる一手は間髪入れずに大剣と絶風という形で割り込まれる。

「覚えてやがれクソ転移野郎。あとで必ずぶっ飛ばしてやるからよ」
「よくわかんにゃいけど今吹っ飛んじゃえ!」

 妖精王渾身の一撃と大精霊の加護を持つシェリアの風撃。その二つをまともに受けて、数秒とはいえ転移を封じられた魔神に出来ることは、ただ突如現れた数名の妖精達の強襲に目を見開き遥か後方へ飛ばされることだけだった。



「なんだおめーら仲良いんじゃねえか。タイミングばっちりだったぞ」
「怖気の走ることを仰らないでください。私はただ外へ飛んで行ったシェリアを連れ戻しに向かったらこの状況に立ち会っただけで…いえ、妖精王!それより何故こんな場所に…!?」
「どうでもいい話してる場合か近衛騎士様よ。とっととトンズラしねぇと結界完成しちまうだろうが」
「ん、ねーシュウ!ユイはどうしたの、だいじょうぶ?」
「気絶してる!〝再生〟も間に合ってねえし…マジかよこいつがこんなやられんの初めて見たぞ!」



 いがみ合うレイスとアル。それを楽しげにからかう妖精王。心配そうに気を失う由音を見やるシェリア、そんな由音の手足が欠損したまま戻らない体を担ぐ守羽。
 それぞれが多様な反応を示しながらも、全速力で王城へ向けて逃走(あるいは帰還)するという行動自体は誰一人違えることなく一致していた。

 そうして結界発動寸前に滑り込みで内部に戻ることに成功した面々が勢いそのままに王城へ向かい玉座への扉を蹴り開けるまで十分と掛からなかった。

       

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