Neetel Inside ニートノベル
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「長くは保たねぇぞ。わかってるとは思うが」
 由音を王城の客間にあるベッドへ寝かせてから玉座の間に戻ると、妖精女王直々に治癒を施されていたアルが最大の問題点を挙げているところだった。
「北の魔神。どういう理屈か知らんが草木を腐らせてクソ強烈な毒を生み出してやがる。軍勢自体からも胡散臭ェ瘴気噴き出してっし、殺すと死骸が秒で腐敗してそれも毒霧になる。アレがあの魔神の持つ権能ってことなんだろうな」
 権能。
 人外の持つ本能やそれに連なる固有能力。出自・由来より具現化される生きた現象。
 神格を宿す人外はそれらの上位互換としての力と行使の資格を持つ。
「お、戻ったか。どうだったよ、悪霊憑きの小僧は」
 俺を見つけ、話途中だったままアルがこちらを振り返る。
「駄目だ、まだ起きない。おそらくは異能を使い過ぎたことによるオーバーヒートみたいなもんだとは思うんだけど…」
 妖精として最高位であるルルさんの治癒を受けても、由音の欠損した手足は戻らなかった。それ以外の外傷内傷は全て完治したというのに。
 過死傷とも呼ぶべき怪我をあの短時間で数百と食らい続けたせいで、脳への負担が尋常ではなかった。異能は思考する生物にしか宿らない。使用するにあたり精神力のようなものを必要とすることは同じ異能力者でもある俺にも分かるところだ。
 普段の戦闘からして凄惨な肉体損傷を受ける由音ですら、あの魔神を押さえ付ける為にノーガードで受け続けたダメージは甚大だったということだろう。
 とはいえ自前の〝再生〟は出力が弱まっているとはいえ問題なく機能しているらしく、眠っている由音をよそに千切れた手足は末端から少しずつ再生を始めていた。おそらく由音が起きる頃には戻っている。
 念のため静音さんを呼んで〝復元〟を掛けてもらえるようお願いしたから問題はないはずだ。シェリアも客間で眠る由音に付き添っている。目が覚めたら連れて来るよう頼んでいるし、しばらくこちらへあの三名が来ることはない。
「やべーな。六人掛かりだぜ?それなりに戦える面子が六人も揃って、結界外に弾き出すのが精一杯とは、魔神ってのはマジ頭おかしい強さだよな!」
 けたけたと無邪気に笑うアルの頭の方がおかしいとは思うが今更なので口にはしなかった。
 代わりとばかりにアルの胸倉を掴んだのは、怒りの表情を浮かべるレイスだった。
「貴様はどこまで能天気なんだ、裏切者の妖魔。北の大軍勢を押し留めたことは良いが、何故シェリアまで駆り出した?」
「だーから言っただろ?野郎は軍勢もそうだが何より毒の侵攻が一番厄介だ。大精霊シルフの加護もらってるシェリアくらいじゃねぇと押し返せなかったんだよ。それすらも勢い吹き返して絶賛王城こっちに進行中だがな」
 界域結界や五法障壁とやらも、空気までは遮断できない。そんなことをすれば籠城しているこちらが先に死んでしまう。
 汚染された大気が徐々にこの結界内にまで押し寄せてくれば、抵抗力の低い妖精は次々と倒れていくだろう。
 現在その対策として音々に出張ってもらい、唄の強化で毒への免疫を高めてもらっている最中ではあるが、いくらなんでも国中の妖精に効果を付与することは不可能。精々が子供や老体に掛けられる程度と本人も出る前に話していた。
「それこそルーンの出番じゃねえのか。アルはそれで毒を防いだんだろ?」
 大剣を杖替わりにして寄り掛かっていたイクスエキナがレイスに提案すると、非常に渋い顔をしてレイスが視線を落とす。
「確かにこの妖魔に比べればルーンの練度も適性も高い自負はありますが……やはり私程度の力量で国民全員を覆えるほどのものは…」
「儂がやろう」
 それまで黙して話を聞いていた老翁、氷の妖精ファルスフィスが一歩前に出てそう名乗り出た。
「集中できる状況と環境さえ整っていれば、ルーンの陣を敷き毒の緩和は容易い。半日は持ち堪えられよう」
「ま、ルーン文字の術法をアルとレイスに教えたのもお前だしな。適任か。…だがなぁ…」
 妖精王の懸念はわかる。
 今は一人でも多くの戦力を対魔神に向けたい。大鬼戦のあとでボコられた苦い思い出しかない俺には無いが、このファルスフィスという妖精の実力は確かなものだ。それを戦力として数えられないのは痛い。
「いらねーよそんな老骨。てかせっかくの神殺しの機会だぜ?譲るわけねェだろ俺が」
「貴様!」
 またしてもアルとレイスが衝突する。そんなことしてる時間が無駄なんだが…。
 アルはどうにもファルスフィスに対する風当たりが強いように思う。何故そこまで敵意を向けるのか、妖精界事情を知らない俺にはよくわからない。
「おら遊ぶんなら外行ってやれ。今は大事な大事な魔神対策委員会のお時間だっつの」
 いやそんな名称ではなかったんだが。
 この異常事態の中でもイクスエキナは平常運転だ。これが王の器なのだろうか。
 本来こんな国の一大事を外から来た俺達みたいな連中が口挟んでいいわけないはずだが、逆に重鎮らしき妖精達は玉座の間から叩き出されてしまっていた。国の運営をする上では有能なんだろうが、これまで争いとは無縁の中で生きていた妖精は戦事に関し本当に門外漢だ。一応、二十年くらい前には父さんを筆頭とした組織が攻め込んだ事件もあるはずなんだが、あまりその経験は活かされていないのか。
「まず最優先すべきは北の魔神だ。おい八賢」
『ここに』
 イクスエキナの呼び掛けに応じ、周囲から八つの光柱が現れる。声はそこから放たれた。
「北はどうなってる。もう来るか?」
『進軍速度自体は他の三方のどこよりも遅く、未だ城壁にも到達しておりません』
『毒の方が来るの早いね。津波みたいになって城壁超えてきた。結界内まであと数刻』
『結界近傍に魔神の気配が二。東方の魔神は動かず』
「北の魔神ぶっ殺そうとすれば必ず転移使いも動くぞ。もう一体もな」
「だろうな。まずそこを越えなきゃならん」
 出番を控え、二振りの刀剣の手入れを始めたアルの意見にイクスエキナも頷く。
 軍勢を馬鹿正直に全て相手にしていたら必ず負ける。最短で軍勢を召喚している魔神の首を獲るしか勝機はない。
「魔神二体を止める為の人員が必要だ。俺は毒を無効化する術がねえからこっちに回る。アルはルーンで抑えた実績があるからそっち行け。『イルダーナ』も俺と一緒に来い」
 妖精組織の総員が恭しい礼で応じるのを確認し、残りの戦力配分を考える。
 そんな中場違いに思えるほど幼い声が割り込む。
「じゃあわたしもイクスと同じとこ行きますから」
「馬鹿かお前。『聖殿』引き籠ってろ」
「言い方ってものがありますから!?」
 爪先立ちになって精一杯に怒りを表すルルさん。妖精王もそうだがこの人も大概肝が据わってるな。
「お前が出たら結界の維持どうすんだよ」
「もう自動で常時力の供給は行えるようにしてありますから。よほどのことが無ければ磐石に機能し続けますよ」
「余程のことになるから『聖殿』にいろっつってんだよ」
 小首を傾げるルルさんに意地悪い笑みを浮かべて、イクスエキナがそのままこっちを向く。
「おう守羽。使っていいぞ」
「え?」
「『神門』の力だったか?つまり全力出せってことだ」
 『アーバレスター』としてこの国を攻めた時、全力で止められた術の行使。一体どういう心変わりか。
「いいのか?妖精界の均衡を崩すから駄目って言ってたろ」
「ああ。その力、人界ならともかく妖精界で使われると地盤から揺らぐから下手すりゃ具現界域自体の維持に影響する。だが『聖殿』で妖精界全体と接続された妖精女王ティターニアがいれば話は別だ」
「その為にわたしを!?」
 仰天するルルさん。聖殿だの接続だのと言われてもさっぱりだが、あの力が使えるとなれば少なからず魔神への勝算も見えて来る。
「死ぬ気でやらないと勝てない戦だ。使えるなら是が非でもお願いしたいところではある……けど、それルルさん大丈夫なんですか?」
「死ぬほど疲れるし終わったら寝込むかもしれませんけど、いけると言えばいけますから!」
 ぐっと両手を握り力説される。聡明で理知的な妖精ひとだと思っていたけど、案外脳筋なとこもあるんだな…。
「あとこの世界の精霊種に呼び掛けて守羽への元素封印も解除してやれ。使えるモンは全部使い尽くさなきゃ勝てん」
「あ、それはもうやっておきましたから。守羽さま、今後は妖精界でも属性の行使はできますのでご安心を!アルは……自力でやったみたいですね。精霊達も憤慨してましたから」
「こんな状況だってのに手ぇ貸さない精霊バカどもが悪いだろ。強引に引き摺り出してやったわ」
 ここにも脳筋が。
 ともあれ毒に対抗する為の新たな結界構築、対魔神への役割分担、それと極短時間での行動にはなるが魔神への対抗策。それと、ほんの僅かでも休息。
 魔神種襲来より完全なる敗走を喫したものの、まだ終わっていない。まだ負けてない。
 ここからだ。

 これより妖精・人間による神殺しを遂行する為の戦いを始める。
 

       

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