Neetel Inside 文芸新都
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土の中
第12話 母親きたりて腕を引く

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「それはダメだって!」
 ファミレスで久々に再会したしずくちゃんは、開口一番わたしの報告内容にダメ出しした。真顔だ。
「ダメかな……」
「ダメでしょ、家出は。ママがイヤなのはわかるよ? でもダメ。ていうか一ヶ月帰ってないってのはやりすぎ」
「……いつかちゃんの家にはお金入れてるよ」
「そういう問題じゃないでしょ! お金渡したからオールオッケーって話じゃないと思う。いつかちゃんはどうか知らないけど、あの子私には理解不能だから。でも、いつかちゃんのママは絶対気に病んでると思う」
「そうかなぁ……」
「そうだよ。間違いないよ」
「……しずくちゃんちはダメ?」
「却下」
 答えは聞くまでもなくわかっていた。
 言われるまでもなく、今、自分はいけないことをしていると思っている。お父さんから受け取った、わたしのために貯めてくれていた大事なお金をこんなことで浪費するなんて。それに、母親を支えないといけないという決意がどこかにいってしまっていることも。
「まさか、あの豆にそんな闇深な事情があったとは」
 ぽつりと、しずくちゃんがそうこぼした。
「すーちゃんから割と気楽にもらって食べてたけどさ、あれが単なるオヤツじゃなくて、まさかすーちゃんのママの商売道具だったとはね」
「商売になってるのかなぁ……あれ」
「だって、ママはそれで生活するって言ったんでしょ?」
「増えていく一方なんだよね、段ボール」
 食品、化粧品、浄水器、ビタミン剤――家の中は、わたしと母親の二人暮らしとは思えないくらいに物で溢れている。母親はアレを仕入れているはずなのだ。そして、それを捌き切れていないということだと思うのだ。
「……正直、赤字な気がしてる」
「それは、確かめなきゃ」
「わたしが?」
「そうよ。すーちゃん以外に誰がやんのよ? ママが間違った方向に突っ走ってるんだったら、止められるのは娘だけだよ。もうパパはいないんだから」
 わたしが、あの母親を? しずくちゃん、なかなか辛いことを言う。そんなわたしの気も知らず、しずくちゃんは言葉を畳み掛けてくる。
「大丈夫だよ、可愛い娘の言うことなら聞いてくれるよ。まさか、すーちゃんより、そのエルなんとかってやつの方が大事なんてことないでしょ?」
 そうだろうか? わたしは自信を持てない。あの日、母親に強く肩を掴まれた時のあの目を、今も忘れられずにいる。

 いつかちゃんの家の玄関を開けると、いつものように玄関の靴箱のところに置かれている写真に目をやる。何度も見ているうちに、この男の人がどうやら日本人ではないということに気付いた。見た感じは東南アジアとか、インドの人みたいに思えた。写真の背景には、いつかちゃんが昔読んでいた本の表紙に書かれていたのと同じような文字が写っていた。
 波動。
 久しぶりにその言葉を思い出した。いつかちゃんはどうして、祈るのをやめたのだろう? 私はいまだにその理由を訊けずにいた。
「帰りました」
 そう言って玄関のドアを閉めようとするが、閉まらない。なにか強い力で食い止められている。わたしは後ろを振り返る。
「すずね」
 冷たい声だった。母親。いつの間に背後にいたのか、全く気配に気付かなかった。
「なにが帰りました――よ」
「ごめんなさい」
「私がどれだけ心配したと思ってるの」
「ごめんなさい」
「私がどれだけ不安になったと思ってるの」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「あなたの家はここじゃないでしょう。ここは須崎さんの家じゃないの」
「許して、マ……お母さん」
 ママ――と呼びそうになって、寸前で止めた。また、肩を強く掴まれてしまうところだった。危なかった。
「どうしたの、すずねちゃ――あっ」
 奥からいつかちゃんのママが異変に気付いて出てきてしまった。来ない方がよかったのに。このまま、この家の人とは誰とも接触することなく、母親に強制的に連れ戻される流れの方が、きっと良かった。
「……須崎さん。どうもお騒がせいたしました」
 母親の顔は言葉とは裏腹に厳しかった。
「……申し訳ありません、所さん。今回の件は全て私の責任です」
「あなたの責任?」
「ハイ。私が生活苦から、すずねさんを誘ったのです。行くところがないのでしたら、うちに来ませんかと。お金を入れてくれれば居てもいいから、と」
「お金をとっていたんですか? 中学一年生から?」
「大人として、人の親として……恥ずべきことをしたと思っています」
 ママの言葉には嘘がある。わたしは誘われていない。自分からお願いして、無理に住まわせてもらったのだ。お金だって、断られているのに半ば無理やり渡している。悪いのはどう考えてもわたしだ。
 悲しすぎて涙も流れない。
 申し訳なさすぎて嗚咽も漏らせない。
「……そんなんだからESPとしても無能なんだわ、あなたは」
 母親は捨て台詞を吐いた後に、わたしの腕を強く引っ張って、須崎家のドアを壊れそうな勢いで閉めた。
 空は曇っていて、今のわたしの心境をそのまま表しているようだった。それが気持ち悪いと思った。

       

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